※エリート上司が溺愛する〈架空の〉妻は私です。
静流にあてがわれたのは我孫子課長のわきにある空きデスクだ。
課長以外の課員はフリーアドレス制のため固定の座席はないが、静流には課長職の引き継ぎを見越して固定の座席が与えられた。
静流の前に立つと彼のスーツから仄かに潮の匂いが香った。昨日のアドバイス通り本当に公園に寄って来たらしい。
「三船紗良です。営業事務を担当しています。よろしくお願いします……」
「……三船さんに早速伺いたいことがあります」
静流は支給されたノートパソコンを開き、空のテキストファイルを立ち上げた。打ち込まれた文字を目で追っていく。
『ここの社員だったんですか?』
二人が知り合いだということは誰にも気取られないように細心の注意を払う必要がある。
紗良は改行してその答えを打ち込んだ。
『はい。まさか静流さんが同じ会社に転職してくるとは思いませんでした』
みなとの丘駅は湾岸エリアの埋立後に始まった再開発により高層のオフィスビルが乱立している。
最寄の駅だけでは同じ会社、それも同じ課に配属されるなんて事態は予想できない。
『とにかく、今後のことは帰ったら話し合いましょう』
『わかりました』
静流はファイルを破棄し、何事もなかったかのように紗良に仕事の質問をぶつけていった。