※エリート上司が溺愛する〈架空の〉妻は私です。

 友成に家まで送ってもらった経緯をかいつまんで説明すると、静流はようやく納得してくれた。

「楽しそうにお話しされていたので、てっきり恋人がいたのかと……」
「ははっ。恋人なんていませんよ」

 恋人がいたら架空の妻役なんて最初から引き受けていない。
 静流はおどける紗良の顎をくいっと指先で持ち上げ、親指の腹でゆっくりと唇を撫ぜた。

「紗良さんは私の妻です。忘れてもらっては困りますね」

 絡み合う視線にどこか熱いものを感じて、紗良はたじろいだ。

「あ、の……静流さん……?」
 
 まるで、愛しい恋人に触れるかのごとく唇を揺れ動く甘い指先に翻弄されていく。
 振り払おうにも、紗良の両腕はりんごの紙袋を持っているせいで塞がっていた。
 
 見つめ合ってから一体どれほどの時間が経っただろうか。

「部屋に入りましょう。その紙袋、持ちますね」

 静流はそう言うとなにごともなかったかのように、りんごの紙袋を紗良から取り上げ、マンションのエントランスへと入っていった。
 
(まさか……やきもち?)

 いいや、そんなはずはない。
 紗良はチラリと頭に浮かんだ考えをすぐに否定した。
 架空の妻を用意してまで女性を遠ざけようとしている静流に限って、そんなことあるはずがない。
 
 十月の肌寒い夜風は頭を冷やすにはちょうどよかった。

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