※エリート上司が溺愛する〈架空の〉妻は私です。
「せっかくだから紗良ちゃんが淹れてみる?」
「いいんですか!?」
紗良はぱあっと顔を輝かせた。正式な雇用契約を結んでいない紗良は、お客様に自分が淹れた紅茶を提供したことがない。
(緊張する……)
家では散々紅茶を淹れてきたが、お金をとって誰かに飲ませたことはない。
弥生が見守る中、紗良は恐々とした手つきで紅茶を淹れ、静流の元へカップを運んだ。
「ど、どうですか……?」
「いつもと変わらず美味しいです」
静流の感想を聞いてホッと胸を撫で下ろす。
静流は紗良の淹れた紅茶を飲みながら、買ってきた本を読み始めた。足を組み静かにページをめくる姿はまるで映画のワンシーンのようだった。
静流はそのまま三十分ほど滞在すると、長居せずに帰っていった。
静流が帰っていくと、弥生がすかさず耳打ちした。
「ねえ、知ってた?彼が抱えていたビニール袋、隣の駅の駅ビルにある本屋のものよ。ついでと言ってここに立ち寄るには少し遠いわよね」
言葉の端々から、何かを期待をする弥生の胸の内が窺い知れる。
「私と静流さんがどうこうなるなんて、あり得ませんよ」
弥生は静流と紗良の本当の関係を知らない。
結婚指輪を外して来店してもらえてよかった。そうでなければ弥生から更なる追及があったことだろう。
紗良はそっと目を伏せた。
「いいんです。私は恋愛なんてもう……」
失恋に効くお紅茶があればいいのに。
スピカで働くようになってから何度そう思ったことだろう。