※エリート上司が溺愛する〈架空の〉妻は私です。
我孫子は人柄こそ優れているものの、仕事の面ではからっきし頼りにならないお飾り課長だった。
これまで最終的な営業判断は各々の裁量に任されることが多かったが、静流は相談に応じて的確なアドバイスをくれる。
頼りがいのある上司としての一面を見せる静流に木藤はますますのめり込んでいった。
しかし、二人の距離は遅々として縮まらなかった。
それは静流の左手の薬指にある指輪のせいに他ならない。
木藤は妻帯者に面と向かってアプローチするような非道徳的な女性ではない。
けれど、恋は人を狂わせる。
思いの丈を募らせた木藤がいつ暴走しないとも限らない。
木藤は優秀な上に美人だ。ぱっちりとした二重に、ぷるんと膨らんだ唇は色っぽく、笑うとえくぼができて愛らしい。
痩せているにもかかわらず女性らしいはっきりとした凹凸のある身体つきは羨ましい限りだ。
自分には厳しく、それでいて目下の者には優しい。紗良も大好きな先輩だ。
木藤が本気でアプローチすれば、静流だってその気になり本当は独身だと打ち明けるのではないか?……とつい考えてしまう。
そうなったら架空の妻はお払い箱だ。
紗良は複雑な胸中だった。まるで自分だけが仲間外れにされたような疎外感すら覚える。
(私ってこんなに心の狭い人間だったの?)
自分がほとほと嫌になる。
好きな人ができたらルームシェアを解消しようと自分から言い出したくせに、そんな日が永遠に訪れなければいいとも思っている。
大好きな先輩と信頼する上司が幸せになるなら喜ぶべきなのに。