※エリート上司が溺愛する〈架空の〉妻は私です。
(え、あれ?木藤さん……?)
ショーウィンドウに飾られた電飾がチカチカと点滅する。二人の周りだけが別世界のようにくっきりと浮かび上がる。
キャメルカラーのロングコートを着た木藤はゴールドの持ち手の淡いブルーの紙袋を静流に渡そうとしていた。
静流は拒絶するように首を横に振った。同じやりとりを二回繰り返すと、とうとう木藤は紙袋を渡すのを諦めた。
そして、その場を立ち去る静流の後ろ姿を黙って見送っていた。いつも気丈な木藤の目から一筋の涙が流れ出ていく。
(あ……)
浮かれていた頭がすうっと冷えていくようだった。
プレゼントを拒絶された木藤の涙を見て、紗良は架空の妻役を引き受けたことに初めて罪悪感を抱いた。
紗良は木藤だけでなく静流に想いを寄せている女性全員の気持ちを踏みにじっている。
木藤の涙に、身に覚えのある失恋の痛みを思い出し、ぎゅうっと胸が締め付けられる。
「あの!!これ、使ってください!!」
紗良はたまらず木藤に駆け寄るとトートバッグからハンカチを取り出し彼女に渡した。バッグを肩に掛け直しお辞儀をすると木藤を振り返らないようにして再び歩き出す。
こんなことしかできないと歯痒い思いで唇を噛み締める。
(最低だ、私……)
全てを知りながら傍観していた自分にひたすら腹が立つ。
お金につられて安易に妻役など引き受けるべきではなかったのだ。