※エリート上司が溺愛する〈架空の〉妻は私です。
「そもそも私が貴女を架空の妻に仕立て上げたのは、ああいった事態を円滑に避けるためです。報酬も差し上げている以上、文句を言われる筋合いはありません」
苛立ちを隠そうともしない静流は氷のような冷たい視線で紗良を見下ろした。
いつも絶えず優しい笑みを浮かべている静流の尋常ではない様子に紗良は慄いた。
静流の言う通りだった。
紗良はしかるべき報酬をもらっている。折半するべき家賃を全て支払うという条件で静流の架空の妻を演じている。
そんな紗良がああだこうだと静流の行動を非難する資格はない。
しかし、理屈が通っていても感情はそうそう追いついていかない。
「……静流さんの人でなし!!」
紗良は怨みを込めて吐き捨てると買ってきたケーキの箱を静流に押し付け、踵を返し自室に入った。
(静流さんが正しいってことくらい、私にもわかってるわよ!!)
それでも納得できないものは仕方ない。
怒りと羞恥で身が焦げそうな紗良は夕食も取らずに全てを拒絶するように部屋に閉じこもり続けた。