※エリート上司が溺愛する〈架空の〉妻は私です。
ルームシェアを初めて半年以上経ったが、この日静流は初めて紗良の部屋の中に踏み入った。
みだりに互いの部屋に立ち入らないこともルームシェアのルールのひとつだった。
用事があれば廊下から声を掛ければいいし、これまで中に入る機会に恵まれたことがなかった。
(本当に紅茶一色なんだな……)
本棚は紅茶関連の本と飲食店経営の本でぎっしり埋め尽くされている。チェストの上にはいつもつけているヘアアクセサリーと静流が贈った結婚指輪のビロードのケースが横に並べて置かれていた。床に直置きされているファッションブランドの大型の紙袋の中には紅茶の空き缶が乱雑に積まれてある。
足付きマットレスには女性らしい赤いチェックのシーツが掛けられ、レースカーテンは薔薇の刺繍入り。
静流は一目見てこの部屋が気に入った。実に紗良らしいと思った。
(さて、シャワーでも浴びて寝るか……)
搬入を無事に終えた静流がネクタイを緩めようと結び目に指を入れたその時、ジャケットの裾がグイと引っ張られた。寸でのところで踏ん張り、後ろに倒れるのだけは免れた。
「にゃにゃ丸ったらどこに行くの?逃げないでよぉ……」
いつの間に起きたのか、紗良がベッドからジト目で静流を見上げていた。にゃにゃ丸は紗良が実家で飼っている飼い猫だ。スマホで写真を見せてもらったことがある。静流との共通点は黒毛以外ない!