大江戸ガーディアンズ

そのとき、(ふすま)の向こう側から声がした。

「……旦那さま、お話の途中に御無礼(つかまつ)りまする。御酒(ごしゅ)にてござりまする」

「おう、入れ」

兵馬の(ゆる)しが出ると、すーっと襖が開いて女人(にょにん)が現れた。

妻の美鶴であった。


美鶴は座敷に向かって一礼すると、すっと立ち上がった。
そして、打掛の(すそ)(ひるが)して部屋の中に入る。

襖と反対側に位置する縁側で正座していた与太は、その(たお)やかな(たたず)まいに気圧(けお)されて、思わず額を床につけて平伏する。

同心の杉山も、額を床に付けこそせぬが低頭したまま上役の妻女を迎えた。

美鶴の後ろには女中頭と思われる年嵩(としかさ)の女がいて、盆を捧げ持って入ってきた。

てっきり、その女中が座敷に入ると襖が閉められると思いきや——


「なにゆえ、おめぇが此処(ここ)にいやがるんでぃ」

兵馬の物云いが元に戻った。


最後に入ってきたのは、兵馬の妹・和佐だった。

ところが、武家の奥方らしく勝山(丸髷)に結われていたはずの髪が(ほど)かれ、若衆(まげ)になっていた。

しかも、与力の妻女として家中(かちゅう)でも絶えず羽織(はお)っていたはずの打掛も脱がれ、今すぐにでも縁側から庭先に出て木刀が振れるであろう小袖に袴姿である。

まさに……本田の御家(おいえ)に嫁入る前の、松波の家にいた頃の和佐の姿かたちであった。


「何だ、その(なり)は……」

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