大江戸ガーディアンズ

「まさか……うちの見世の(もん)を……
大捕物なぞに巻き込んで、(おとり)かなんかに使う気じゃござんせんね」

おつたは忌々しげに訊いた。

先般から続く、吉原の大見世の遊女ばかりを次々と襲った「髪切り」とやらの仕業には、久喜萬字屋でもいよいようちの見世も危ういかとやきもきしてはいたが……

向こうがまだ来もせぬのに、まるで迎え討つかのようにわざわざ奉行所(おかみ)の「犬」のごとき役目を負わされては、見世にとっては迷惑以外の何物でもない。


()りぃな、お内儀。その『まさか』だ」

与太は悪びれずに、しれっと答えた。

途端に、おつたの顔が苦くて(たま)らない熊の()と云う生薬を無理矢理飲まされたごとく歪んだ。


吉原の(くるわ)は、御公儀(幕府)より「お墨付き」を得て商売している天下唯一の「遊郭」である。

品川・内藤新宿・板橋・千住など「江戸四宿」で、御公儀の(ゆる)しも得ずに手前勝手に女郎が客を取る「岡場所」とはわけが違うのだ。

ゆえに、奉行所(おかみ)の意に背くことなど、御法度中の御法度だ。


おつたは、はぁ、と一つため息を吐くと、いきなり声を張り上げた。

「いつからうちは客人に茶も出せないくらい、しみったれた見世になっちまったんだい」

すると、たちまち奥から「へぇ、すぐにお持ちしなんし」と返ってきた。

気を落ち着かせようとしたのに、目の前には茶の一杯もなかったため、思わずカッと頭に血が上ってしまった。
おつたは丸(まげ)に結った髪から(かんざし)を一本引き抜き、かりかりと地肌を掻いた。


そして、すっかり莨を吸う気も失せて煙管を莨盆に戻すと、おつたは改めて与太に向き直った。

「おまえさん、奉行所(おかみ)の『御用聞き』の他に、平生は何してんのかえ」

「親分」である伊作のことは、女房が三ノ輪で小間物屋をやっていて見世の者が時折使っているから見知っていたが、その「子分」までは流石(さすが)範疇(はんちゅう)になかった。


——それにしても……

莨盆の向こう側に、どかりと胡座をかいて座る二十歳(はたち)そこそこの「若造」は、妙に肝が座っている。

我が息子もかように頼もしければ、次代の久喜萬字屋も安泰であるのだが、と思わずにいられなかった。

跡取りの息子は父親似に育ってしまった。
だれもが豪胆だと認めるおつたであれど、たった一人きりの息子だけは弁慶の泣き(どころ)で、とかく甘くなってしまった。

< 127 / 316 >

この作品をシェア

pagetop