大江戸ガーディアンズ
羽衣の生家は武家であった。
家禄は三千石に満たない御家人で、「小普請」と呼ばれているが実際は無役だ。ゆえに、裏長屋で肩寄せ合いながらの暮らしぶりであった。
あるとき、人の良い父親がうまい儲け話に騙されて、まずい筋から負い目(借金)を抱え込んだ。
どうやら、羽衣の見目の良さも狙われていたようだ。
されども、その見目の良さが不幸中の幸いにもなり、吉原の見世の中でも久喜萬字屋のごとき大見世に拾ってもらえた。
父は若い頃湯島を目指していた学問好きで、母は食い扶持の足しに近所の人たちに三味線を教えていたから、遊女になるための歌舞音曲や学問ではさほど困らなかった。
なんとか昼三までは登りつめられたのは、親から受け継いだ素地があったゆえかもしれぬ。
羽衣は、愛用の朱羅宇の煙管で莨をひと吹かししたあと、虚空に向かって云った。
「此の部屋はわっちしか入らでなんしを、よもやお忘れでなんしかえ」