大江戸ガーディアンズ
妙な胸騒ぎはずっと続いている。
一向に、羽衣が来ないゆえだ。
かようなときは「振袖新造」の出番だ。
様子を見に行かせるのでもよい、我が身の代わりに客に酌をさせるのでもよい。
されども……今の久喜萬字屋は振袖新造だった玉ノ緒、舞ひつるが立て続けに身請けされて出て行ったため、その「後釜」がまだ育っていなかった。
羽衣と同じ昼三の玉菊であっても、その下のたまゑ・たま乃がまだ禿のままだ。お内儀にとっては、さぞかし頭の痛い処であろう。
——今は、さようなことは云うておれぬ。
美鶴は座敷の入り口付近で、並んで座する禿に目を送った。
客人にはわからぬよう、盃をくいっと上げる仕草をする。
すぐさま、羽おりが一つ肯いた。
「若さま、申し訳のうなんし。わっちは少しばかり……」
「まさか、他の座敷に参るのではあるまいな」
兵馬が仁王様でもかくや、と云う形相で睨んできた。
——それこそ、『まさか』でござりまする。
旦那さまは「御役目」でござることをお忘れか。
「……あれ、若さま、御酒が空いておりなんし。ささ、どうぞ」
銚子を手に、羽おりがやってきた。
髪に挿した簾のような大ぶりの簪がしゃらん、と揺れる。
禿の今のしか付けることない簪だ。
「羽おりちゃん、しばしの間お願いしんす」
美鶴はすっと立ち上がった。
「おい、何処へ行く」
兵馬も立ち上がりかける。
「あら、主さんもお花を摘んで愛でりんすかえ」
「花摘み」は「厠へ行く」ことだ。
それでもついてくる、と云うなら「野暮の骨頂」すなわち「野暮より悪い半可通」となり、以降廓では笑い物の種となる。
ふと傍らを見ると、もう一人の禿・羽おとが控えていて、さっと手を取ってくれる。
——あぁ、なんだ……久喜萬字屋は此れからも安泰でなんし……
そして其れは、美鶴にはもう「帰る先がない」と云うことでもある。