大江戸ガーディアンズ

妙な胸騒ぎはずっと続いている。

一向に、羽衣が来ないゆえだ。

かようなときは「振袖新造(ふりしん)」の出番だ。

様子を見に行かせるのでもよい、我が身(遊女)の代わりに客に酌をさせるのでもよい。


されども……今の久喜萬字屋は振袖新造だった玉ノ緒、舞ひつるが立て続けに身請けされて出て行ったため、その「後釜」がまだ育っていなかった。

羽衣と同じ昼三の玉菊であっても、その下のたまゑ・たま乃がまだ禿(かむろ)のままだ。お内儀(おつた)にとっては、さぞかし頭の痛い処であろう。

——今は、さようなことは云うておれぬ。


美鶴は座敷の入り口付近で、並んで座する禿に目を送った。
客人にはわからぬよう、盃をくいっと上げる仕草をする。

すぐさま、羽おりが一つ肯いた。


「若さま、申し訳のうなんし。わっちは少しばかり……」

「まさか、他の座敷に参るのではあるまいな」

兵馬が仁王様でもかくや、と云う形相で睨んできた。

——それこそ、『まさか』でござりまする。
旦那さまは「御役目」でござることをお忘れか。


「……あれ、若さま、御酒が空いておりなんし。ささ、どうぞ」

銚子を手に、羽おりがやってきた。

髪に挿した(すだれ)のような大ぶりの(かんざし)がしゃらん、と揺れる。
禿の今のしか付けることない簪だ。


「羽おりちゃん、しばしの間お願いしんす」

美鶴はすっと立ち上がった。

「おい、何処へ行く」

兵馬も立ち上がりかける。

「あら、(ぬし)さんもお花を摘んで()でりんすかえ」

「花摘み」は「(はばかり)へ行く」ことだ。

それでもついてくる、と云うなら「野暮の骨頂」すなわち「野暮より悪い半可通」となり、以降(くるわ)では笑い物の種となる。


ふと傍らを見ると、もう一人の禿・羽おとが控えていて、さっと手を取ってくれる。

——あぁ、なんだ……久喜萬字屋は此れからも安泰でなんし……

そして其れは、美鶴にはもう「帰る先がない」と云うことでもある。

< 214 / 316 >

この作品をシェア

pagetop