大江戸ガーディアンズ

美鶴は入り口で履き物を探した。

逃げてきたときは何も履かずに出たのだが、(くるわ)(おんな)は足袋を履かずに真冬でも裸足のまんまだ。

素足の美しさも器量のうちの一つと云われ、美鶴も「舞ひつる」の時分にはずいぶんと気を遣ったものであった。

されど、火事の最中に裸足で歩き回るのは酔狂である。

美鶴は抜き捨ててあった男物の下駄を突っかけた。

そして、脇目も触れず真っ直ぐ廻し部屋へと向かった。


生まれてすぐに預けられた子ども屋から、祖母も母も世話になった久喜萬字屋に引き取られたのは十歳(とお)だったろうか。

それからずっと暮らしていた此処(ここ)は、美鶴にとっての「実家(さと)」である。

されども、此度(こたび)の火事で、これらすべてが燃え尽くされてしまう。


しかしながら、久喜萬字屋は幾度となく火事に見舞われてきた。

そして、其の都度新たな見世に造られてきたのだ。

しかも、図面はちゃんと別の(ところ)に置いてあるため、代々建物の間取りはほぼ同じだ。

たとえ火事になったとしても——御公儀によって必ず「見捨てられる」吉原の(くるわ)では「よくあること」なのだ。

< 251 / 316 >

この作品をシェア

pagetop