サイコな本部長の偏愛事情
人生の分岐点は夢に挫折した時

とある男が八時五十五分にエレベーターを降りた瞬間、一瞬でフロアの空気が凍り付く。
カツカツカツッと小気味いい音を奏でながら、艶やかに輝く革靴がテンポよく足跡を残すかのように闊歩する。

(わぁ~、今日もカッコ良すぎるぅ~~)
(ホント、あんなハイスぺ男を連れて歩きたぁ~い)
(何バカなこと言ってんだっ!目合わせたら眼殺されるぞっ)

上質な生地で誂えた三つ揃えのスーツを身に纏い、緩くアレンジされた髪は軽く揺れ、軽く結ばれた薄い唇が女性のハートを鷲掴みにするこの男。
三年前に日本最大手の航空会社、全日本スカイジェット航空 戦略企画部 本部長に就任した財前 (かおる)三十二歳。
航空大学校を首席で卒業した筋金入り。
しかもこの全日本スカイジェット航空は代々財前家が経営している為、文句なしの御曹司である。

そんな男の周りは《ドミノ術》という結界が張られているのか、次々と人々がなぎ倒されるようにひれ伏してお出迎え。
何事もなく過ぎ去ってくれれば、御の字。

出勤して来たばかりのグランドスタッフの前を財前が通り過ぎ、はぁ~と安堵の溜息を吐いた次の瞬間、財前の足がピタッと止まった。
一瞬で緊迫した空気が張り詰める。

財前の足は一歩巻き戻され、再び静かに停止した。
そして、からくり人形のようにゆっくりと振り返り、強張るグランドスタッフの前に。

「杉……村、茜さん?」
「……は、はいっ」

財前はネームプレートを読み上げる。
そして、自身の胸ポケットから三色ボールペンを抜き杉村の胸ポケットに挿し、彼女の胸ポケットにある二色ボールペンを引き抜いた。

「も、申し訳っありませんッ」
「仕事でミスしたら許さないぞ」
「はいっ」

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