君の一番は僕がいい

潜む

 クラスでは、伊藤、佐久間殺しの刑として愛美、亜久里が宮野、美馬を筆頭に私刑が下されていた。
 これが、たった数日で起きてしまうのだから怖いところだ。
 人はこうも簡単に残酷になれるなんてどこで誰が教えてくれるのだろうか。
 宮野は自身を守るため、美馬は自分の正義のため。
 どっちも良くない思想をお持ちだ。
 宮野は完全に当てられた側だ。やめようということもできたがそうなった場合、何か知っているのではと叩かれるのは目に見えている。
 彼は、それを知っていたからこそ三軍と罵られやすい愛美と亜久里を敵に回した。
 一番回すべきでない人二人を。
 美馬は、俺がいるから今の地位があることを忘れないでほしいものだがまあ、きっと無理だろう。
 俺がいなくともきっとここまでのし上がるだろうし。
 あれ?もしかして、俺が美馬のおかげでここまで来れているのか?
 おいおい、それはヤな話だなあ。
「佐倉も花沢もどこにいるんだ?お前が殺したんだろ!」
 宮野がそう怒鳴りつける。
 朝からそうするのはやはり嫌われないため。
 美馬がいればなんとかなるだろうという魂胆。
 だが、宮野の言葉に答える人はいなかった。
「おい、なに本なんか読んでんだよ!人殺しが!」
「宮野、もっとやらねえと吐かねえかもよ?」
 美馬はそうやって煽る。
 宮野は完全にそれに答えるまま。
 美馬の下僕に降格したな。
 美馬は危険だ。何とかしないといけないが、このままでも俺に被害が来ることはないだろう。
 被害が来たら当然、俺は美馬をただじゃ済ませないが。
 だけど……。
「宮野、お前つまんない脅しするくらいならやめとけよ。滑稽だぞ」
「い、いや、でも」
「美馬だってつまんねえからそういってんだ。このままじゃ自分が一人になるだけだぞ」
「一人……」
「てか、もう今日はやめろ。警察が来てたら大変だろ」
「……」
 警察は相手にしたら厄介だ。
 今すぐに責め立てるのはリスクが高い。
 美馬だってそれが分かったうえで宮野に率先してやらせてんだ。
 しかし、何日もした頃、宮野は学校に来なくなった。
 警察がそれ以降来たことはないし、それ以上に誰かが責めたわけでもない。
「なあ、宮野どうしたんだよ」
「知らん。俺に聞くな」
「後で、俺見てくるわ」
「……勝手にしろ」
「なんだ?吉沢はなにか知ってんのか?」
「いや……ただ、嫌な予感がするなって」
「くだらね。あいつ、自分の仕事丸投げしてんだから少しくらい説教しておかないとね。もちろん、お前も来いよ」
「はいはい」
 机に座っていた美馬は、軽いステップで真奈美と亜久里がいる席の前に立った。
「おい、愛美!亜久里!お前らも今日は宮野の家に行くぞ、良いな?」
 返事をしない二人。
「良いな!?……って、聞いてんだよ!!わからねえのか!!」
 あー、こわい。こいつ、こんな怖い奴なのかよー……。てか、楓ビビってるじゃん。最悪だな。
 こいつ、嫌いだわ。
「おい、自分らを苦しめた本人のもとに行くんだぞ?家に行けば親くらいはいるだろ?お前らがやられたことを言うチャンだと思うだろ!!違うか!!」
 こいつ、ヤクザかよ。さっきから怖えよ。
「は、はい」
 亜久里は頷くだけ。
 それで十分よ。今の美馬は怖いもん。俺、それやられたらちびってるって。
「そうだろ。じゃあ、今日の放課後、予定空けていくよな?そうだよな?宮野に怒りをぶちまけろよ。そうじゃねえと、あいつのやったことに対しての返しにならねえからな!」
 まじ、ヤクザじゃん。
 なんて思ったころ、担任が入って来てSHRが始まった。

 宮野の家を知っているという人から地図を作ってもらった美馬はその足で愛美と亜久里、俺で向かった。
「そういや、お前ら二人は二人の死について何か知ってることないの?」
 美馬はふと思い出したようにいう。
「……」
「……」
 二人とも黙るだけ。
「いや、そりゃな、俺だってクラスであんなことしたくないさ。でもな、ほかのやつらもああやってやられる日が来るんだぞって牽制しておかないとまた宮野みたいに我で動くやつが出てくるんだ。仕方ないこともあるんだよ」
 言ってることが無茶苦茶だ。
 何をさっきから自分の都合のいいことばかりを言うのか。
「クマに襲われたって」
「は?」
 愛美はそういった。俺と楓にしてくれた話を彼女は美馬、亜久里にも伝えた。
「じゃあ、まさか呪いってこと?」
「美馬君の言う通りかもしれない……」
「おいおいおいおいおいおいおいおいおい……ふざけんな……。そんなの認めねえからな。ありえねえっつうの」
 こいつもしかして。
「美馬、お前、呪いだった嫌だからこうやって二人にあたってたのか?帰るときもやたら俺と帰りたがるのも呪いが脳裏にあったからか?」
「……」
「え?」
「嘘?」
「こいつ、分かりやす」
「い、いや、普通に考えてよ?呪いなんてあるわけない。でも、そのクマの呪いと言わんばかりの話があるんならもうやばいだろ」
 完全に語彙力を失ってやがる。
 ビビりドマックスだったからああなったのか……。
 クラスメイトへの風評被害がえぐいな。
「で、でもさ、もしそのクマに襲われた夢を見たって話ならそれは僕らも見る可能性はあるってこと?」
「まさか、俺も……」
「クマに目をつけられなければな」
「じゃあさ、警察に言おうぜ。クマの仮面の探せば犯人が分かるって」
「それは、もう話したよ。何かヒントになるんじゃないかって」
「じゃ、じゃあ」
「でも、伊藤の死因は突然死。クマの仮面を探しても実質的な犯人探しにつながらない」
「は?まじかよ……」
「それに、伊藤が生前、クマに追いかけられたって話が本当でも証拠がなければ信じづらいだろ」
「と、とりあえず、着いたし。俺は謝ってくる。お前らもほんとごめんな。取り乱してばっかだ」
 急に素直になる美馬に愛美も亜久里も戸惑っている。
「気にすんな。こいつの謝罪、受け入れる必要なんてねえから」
「今度、また改めて謝罪させてほしい」
 美馬は、インターホンを鳴らしたが出てこない。一軒家の駐車場には車はないから家族で出かけたのかもしれない。
 もう一度鳴らしても結果は同じ。
「……まあ、そうだよな。行くか。お前ら、コンビニでなんか奢らせてよ。罪滅ぼしってわけじゃないけど」
「な、仲良くしてくれるなら僕は別に……」
「いや、それで許そうなんて甘やかさないでくれ」
 急に厳しいな。自分に厳しくなったな。
「私もべつに、宮野にやられたことの方が怖かったし」
「俺も正直、見てられなかった。俺も本読むし、愛美の呼んでた本って伊藤がおススメしたやつだろ?俺も読んだことあるからあれは見てるこっちもきつかった」
「え!?吉沢君って本読むの?意外!部活にストイックなのかと思ってた!」
「……まあな。俺は、日野が教えてくれて面白そうって思って読んだだけなんだ。日野経由だよ」
「そっかぁ。日野ちゃんもかわいいよね。伊藤ちゃん、日野ちゃんと付き合ったら少し萌えたのに」
「え……?」
「勝手な妄想だよ。どっちかっていうと、佐倉ちゃんの方が日野ちゃんのこと好きだからね」
「それって」
「佐倉ちゃん、レズだから」
「そっか。愛美が知ってるって意外だね」
「こう見えても、伊藤ちゃんとは仲が良かったの」
 佐倉が、楓を?
 あいつは今どこにもいない。どこにもいないなら危険はない。だけど、知ってしまった以上早めに先手を打たなければ。
「おーい?コンビニ行かねえの?奢るから、愛美も来いよ」
 気を静めているころ、美馬はそういって二人をコンビニへと連れて行った。
 コンビニからは別れて俺と美馬、亜久里と愛美で帰ることにした。
「お前、あれわざとだろ」
「……何が言いたい」
「わざわざ宮野の家にまで行ってインターホンを鳴らす。そのために、二人を呼んだのは宮野に謝罪させるためじゃないだろ」
「……本気で言ってるか?」
「もちろん。あの家に、宮野はいた。二階からカーテン越しに覗いているのが見えた。鳴らす前に宮野の家の前で少し話をしたのは、宮野に恐怖心を与えるため」
「それで俺に何のメリットがある?」
「おまえ、中学のころ、宮野にいじめられてたんだろ」
「……」
「その報復が今やっとできた。そんなところだろ」
「そっか……。宮野から聞いたか」
「ああ。いじめをよくもあんな堂々と自慢できたなって笑えたよ。金魚の糞にいじめられるってのもいじめ返すってのも犯罪扱いじゃないぶん、分が悪いよな」
 いじめの扱いならもっと過激なことをしようと思えば、出来なくもない。
「でも、俺はもう充分。宮野がこれから学校に来なくなるなら俺はそれでいい」
「中学の金魚たちは?」
「頭いいから別の高校に行った」
「これからどうすんの?」
「これからは、恋愛でもしようかな」
「恋愛?」
「……俺さ、日野が好きなんだよね。協力してくれない?」
「……は?」
 到底、協力しようと思えない話だった。
 そんなの絶対に断る。
 楓は俺だ。俺がもらう。俺の彼女にするんだ。
 楓がいるから俺は生きていけるんだ。
 楓以外にいらない。
 佐久間も花沢も俺に好意を寄せる人なんかいらない。
 俺は、楓だけでいい。
 楓がいいんだ。
「吉沢が俺のことに気づいたように俺も吉沢のこと気づいたんだ。吉沢の周りってさ人死に過ぎじゃない?」
「……」
「もう一つ。佐久間殺し、吉沢なんじゃないかって俺は思ってる。佐久間が事故に遭った日、佐久間と教室を出たのはお前だけだ。その証拠に、部活にきてない。佐久間に呼ばれて教室を出たんだろ」
「何の話だ」
「佐久間がお前のこと好きだって俺は、佐久間本人から聞いた」
「吉沢、ここで認めてくれ。佐久間を殺してないって。友達をそんな風に思いたくない。俺に協力してくれたら俺は、吉沢が佐久間を殺したって噂を流さない。吉沢が一軍にいるのは俺のおかげだろ?な?だから、お願い」
「先に良いか?日野のどこが好きなんだ」
 そう聞くと彼はきっと楓の顔を思い浮かべたのだろう笑顔を見せた。
「日野は、二人っきりになったら甘える感じのキャラになると思うんだ。普段は割とクールな感じだけど、付き合えば、デレデレしてくれると思うとさ、嬉しくて。それ以上に、クラスにいる時の彼女も―――」
 俺は、その刹那、怒り任せに公園につながる階段から突き落とした。
 お前がそんな目を楓に向けるな。
 楓が汚れるじゃないか。
 楓は、もっと純真で純粋、清楚できれいで素敵なんだ。
 そんな彼女をお前らが汚すな。
 彼女にふさわしいのは俺だ。
 俺以外にいないんだ。
 美馬は、最後の段まで転げ落ちると頭から血を流して動かなくなった。
 俺は正しい。
 俺は間違ってない。
 美馬は、クラスで騒ぎ過ぎた。茅野だって嫌がってた。宮野だってそうだ。
 宮野はこの先学校に来るとは思えないが、これからは楽に生きよう。
 どうせ、俺にはまだ友達がいるのだから。
 楓がいるのだから。
 防犯カメラがないことを確認した俺はすぐに帰路についた。
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