君の一番は僕がいい
 美馬は死んだ。
 このクラスで死んだ人は、佐久間、伊藤、美馬の三人。
 行方不明者として名が挙がっているのは、佐倉、花沢の二人。
 今、クラスにいるのは三十五人。
 今日は、学校に行けていない。
 やはり、美馬が死んだのだ。
 あんな風に殺めてしまったことを反省しなければならない。
 クラスのみんなは、悲しんでいるんだろうと思ってくれているはず。
 それなら、それで好都合。
 反省の色を出す方法などたくさんあるのだが、友が死んだんだ。
 佐久間の時は、なんとか学校に行けたが美馬まで死んだのなら、そうはいかない。
 吉沢のメンタルも相当きているはずだと思っているに違いない。
 クラスで三人の死者が出た。それはもう仕方ないのだ。
 警察に何か聞かれても特に気にする必要もない。
 黙っていれば、放心状態として話し合いもできない心理状態だとわかるはず。
 美馬が俺を怪しむことさえせず、ただ友達としていてくれればいいだけだったのに。
 怪しんでも俺に話さなければこんな悲惨なことにならなかったというのに。
 一体どこで気づかれてしまったのだろうか。
 俺が人を殺したんじゃないかとかそんな話を人に広めれるほどあいつは優れていないはずだし、気にしなくていいが、万が一を考えるべきだ。
 あいつが、佐久間を殺したのが俺だと気づいたのは確実に冗談で言った言葉ではない。
 あの時の目も声も全部本気だった。
 どこで漏れた?
 佐久間はあの日、俺に言ったことが俺を怒らせた。
 そのことを、美馬は知っていた。
 だとしたら、一つ言えるのは美馬に恋愛相談をしていたということ。
「……あー、なんだ。そういうことか」
 やっと解決した。
 美馬に相談していたんだ。
 美馬の言葉通りのことを佐久間はしたんだ。
 だから、知っていた。それ以上の深堀はする必要がない。
 だって、それ以上の理由がほかにないから。
 ならば、本来、あの時、俺は告白された事実を美馬に伝えるだけでよかった。
 そりゃ、勘ぐられても当然か。
 呆気なくため息をついた。
 俺の頭も鈍くなった。
 伊藤の死因。伊藤と花沢のクマの話。
 伊藤と花沢には共通点がある。
 花沢の謎が解ける前に伊藤の死を見つけた。
 そして、伊藤の死には謎があって花沢の妄言と接点がある。
 ……クマの姿。
 俺は見たことがないからわからない。どんな姿なのか女性なのか男性なのか。
 密接に関係してればいいのだが……。
 ただの妄言だったら考え損だ。
 インターホンが鳴った。
 時刻は四時半。
 授業が終わったころだ。
 両親ともに仕事に出ているため、俺が出るしかない。
 玄関を開けるとそこにいたのは楓だった。
「楓……」
「だ、大丈夫……?なわけないか……ごめん……」
「どうして」
「美馬君、階段から落ちてその……亡くなったじゃない……?」
「……」
「吉沢はそのことクラスメイトが聞く前に知っていたのかなって」
「……実は、知ってたんだ。だから、ショックで」
「そうだったんだ……。ごめん」
 俺は、楓に近づいて、そして、抱き着いた。
「え!?よ、吉沢……?ど、どうしたの?苦しいよ」
 抱きしめる力を強くした俺は、涙声で言う。
「あいつらが死んで、怖くなったんだ……。俺もあいつらみたいになったらって」
 警察に疑われてしまったら。
「俺は、生きていたい。だけど、彼らに申し訳なくなる。俺だけが生きて……。そんなの……」
 俺は生きる。楓と一緒にいたいから。
「もし俺が死んだら今度は誰が殺されるのか……。それも怖くなるんだ」
 クマの正体が誰か。
「吉沢……」
「あ……!ご、ごめん。いきなり、こんなことして」
 楓から離れた俺は頭を掻いた。
「急にこんな……。気持ち悪いよな」
「い、いいよ。それよりさ、顔色大丈夫?ごはん、食べてないんじゃない?」
「た、食べてるよ。何を言い出すんだ」
「その感じ、食べてないじゃん!この時間になっても食べてないなんてよくないよ。そうだ!キッチン貸してよ!作ってあげるから!」
「いや、いいって」
 そんなことして、倉庫の話とか部屋に入られたらどうするんだ。部屋は危ないんだぞ。男子高校生の部屋に入ろうとするなよ、まじで。幼馴染だからってもう許される歳じゃないからな!
「昔はよく入れてくれてたじゃん!いいでしょ?ね?」
 上目遣いの攻撃に耐えられなかった俺は家に通した。
 リビングに入った彼女は周りをきょろきょろと見まわした。
「意外と前来た時より変わってないね!吉沢の両親ってほんときれい好きだよね!」
 そのきれい好きが移ったのは完全に両親のせい。
 制服だって着崩すことがないというのにクラスでは評価高いし。着崩すのがかっこいいっていう文化がなくなったのもあるだろうけど。
 逆に今着崩しているとダサいって言われるし時代だなあ。
 十七歳ですけどね。
 ただ今の部屋の中は多少荒れていますが。
「なんか冷蔵庫に入ってる?」
「……」
「あ、さては、見てないな?ほーら、ご飯食べてないじゃん」
 いたたまれなくなって顔をそらす。
 頬を膨らませて怒っているように視界の端から見てとれるが目を合わせないようにした。
「じゃ、カレーでも作ってあげるよ。どうせ、両親まだ帰ってこないでしょ?」
「まあ、そうだけど」
「私も一緒に夕飯として食べちゃおっかな。いい?」
「別にいいけど」
「もー!私、怒ってないんだし目をそらさなくてもいいじゃん!」
「別に逸らしたわけじゃ」
「だったら何よ」
「……」
「ほら」
「……い、いや、違うって」
「ほんとにー?なら、いいけど」
 ルンルンと音がでてきそうなスキップでキッチンへと行ってしまった。
 まさか、こんな展開があるとは。
 こういうとき、俺はどうしたらいいんだろうか。
 ……親に連絡した方が良いな。
 LINEでサラッと送るとやはり暇になる。
 母親は六時に帰ってくるし、父親に限ってはいつも自由。定時で帰ってくることもあれば、残業してから帰ってくることもある。
 ソファに座ると気が付けば眠りに入っていた。

「おーい!起きて―!!」
 肩をバシバシ叩かれ、目が薄めに開くと、今度は頬をバシバシ叩いてきた。
「お、起きた。起きたから!」
「あ、おはよ。カレーできたよ!」
 食卓に向かい合って着くとカレーを頬張った。
「どう?おいしい?」
 彼女は心配そうに見つめている。
「おいしい。すごい、おいしいよ」
 心の底から出た言葉だった。
「ほんとに!?よかったー!」
 嬉しそうな笑顔に思わず笑みを浮かべた。
「あ!笑った!」
「……え?」
「ほら、今日全然笑わなかったから!どこに笑う要素があったのか疑問だけどね」
「だって、嬉しそうに笑うから」
「嬉しいもん!また作ってあげようか?」
「お願いしたいところだよ」
「うんうん!作ったげるよ!」
 ガチャと音がしてリビングに来たのは、母だった。
「あ、お邪魔してます!」
「あら、楓ちゃん!啓から聞いてるわ。よかったらお風呂でもどう?」
「いいんですか!?」
「もちろん」
 幼馴染ってこともあってか、楓が家に来ることも多かったため母とも仲がいい。
「あ、でも、服が」
「それなら、啓から借りちゃえばいいのよ。服、選ばせてあげてね」
「……え?」
 それは、部屋へ案内しろということだろ。無理だ。やばいぞそれは。危険すぎる。
「えー、嫌なの?」
「そんなわけない」
「啓なら貸してくれるから」
「でも、下着とかどうすんの?」
「……」
 女子が着るような下着なんて知らんぞ。
 あれ、なんか言っちゃまずいこと言った?
 二人の顔が怖くなってんだけど。
「あのね、予備で私は持ってるの」
「え?そうなん?なんで?」
「……それ以上聞いたら殴るよ?」
「なんで」
「なんでも!」
 机をダンッと叩かれる。
「わかりました、もう言いません。許してください」
「よろしい」
「啓、詮索する男はモテないよ」
 母様、お許しをいただけませんか。
 二人して目が鬼のようですよ。
 母は、いったんリビングを出て行った。
 いったん落ち着いたと思い、お茶を口に含んだ。
「一緒にお風呂入る?」
「ぶっ……!?」
 そのセリフに反応してしまった俺はお茶をこぼしてしまった。
「ええ!?そんな反応する?」
 慌てて、ティッシュでこぼしたお茶を拭く。
 ティッシュまでもが卑猥だ。
「そういうの冗談でもいうんじゃない!」
「なんで?あ!もしかして、変なこと想像したでしょ!変態!」
 お前がそうさせたんだろうが!
「違うって!女子高生が不用意にそういう発言をするからよくないんだろうが!」
「いいじゃん。幼馴染だし」
「よくない。人間関係ってそうやってこじれてくんだぞ」
「どゆこと?」
「幼馴染相手を好きになって関係が壊れることだってあるって話だよ!」
 楓が好きで今も母が帰ってくる前に押し倒すなんてことがないようにって。
 好きな相手が楓って言えるわけもないし。
 まだ付き合うことさえできてないんだから、そんなことしたら関係が終わってしまうから。
「幼馴染だし付き合うことってあんまなくない?」
 だから、大変なんだよ。振り向いてくれてるのは幼馴染だからであって恋愛対象ってわけじゃないから。
「可能性の話」
「吉沢がそうなる?」
「かもね」
「私のことを?」
「そうだよ」
「ないない。吉沢ってもっと大人な女性を好きになりそうじゃん。吉沢が好きな人に対して意地悪なことするとは思えないよ」
 ほっぺつねったりとか、ね?
 と笑った。
「とにかく、高校生の男女が一緒に風呂だなんて嘘でもいうなよ」
「はいはい」
 その後、カレーを食べ終わった俺と楓は部屋に向かった。
 楓の服を選ばせるためだ。
 しかし……。
「ちょっと待ってろ。部屋を片付ける」
「……え?いいよ別に。服借りるだけだよ?」
「いや、汚いんだ。人に見せれるものじゃない」
「そんなに?私も汚いし気にしなくていいよ?」
「俺のプライド的に?いいから、廊下で待ってろ」
 不満そうに頬を膨らませていたが気にせず部屋の片づけをした。
 ティッシュは蓋つきのごみ箱に捨て、壁に貼ってある楓の写真は全部机の引き出しにしまった。
 簡易的だが目的が服なので問題ないだろう。
 楓の写真を貼りまくっていた壁がこうも真っ白になってしまうのはなぜだか寂しい。
「いいぞ。入ってこい」
「あれ、全然きれいじゃん。どこが汚かったの?」
 五分くらいして入れたが、不思議そうに尋ねてきた。
「五分であらかたきれいになるもんさ」
「嘘だー。私の部屋、絶対にきれいにならないよ。五分あっても無理」
「……汚いもんな」
 最近、楓の部屋に上がったのは高2の一学期末テストのテスト勉強時だ。どこを歩けばいいかわからなかった。
 ぬいぐるみばかりで床にも散らかってるから歩く場所がないのだ。
 散乱し過ぎじゃねと聞けば、飾ってるんだよと返され困惑したことを覚えてる。
「ちょっと!そんなドストレートに言わないでよ!」
 汚いのは事実なのに……。
「服、こんなのでいい?」
「無視!?」
 投げて渡すとあたふたしながらキャッチした彼女はその服を広げた。
「これいい!これ着るね!」
 こいつは、このまま家にでも泊まるつもりなのか、それともそれを着たまま帰るのか。わかりかねる。
 そもそも風呂入った後に外出たらそれなりに歩くのだからまた風呂に入ることになるのでは?
「そういえば、風呂の後どうするつもりなの?」
「え?」
「いやほら、急に決まったし」
「何、家にいてほしくないってこと?」
 言ってないじゃんかそんなこと。
「それとも、風呂入らずにほんとは帰ってほしいってこと?」
 どちらも言ってないじゃんか。
「そうじゃなくて、泊まろうとしているのかなんなのか……」
「あ!!それいいね!折角、金曜日なんだし!久しぶりに泊まりたい!」
 そうやって決まる感じ?
 だいぶ軽いね、あなた。
 男の部屋で寝るつもりなのかな?大分危険よ?
「いいけど」
「けど?」
「部屋は」
「いいじゃん、ここで。昔みたいにさ」
 まじ!?
 それ、やばいじゃん。
 理性抑えるの結構大変よ?
 俺が耐えられない気がするんだけど?
「お母さん、良いって言ってくれるかな。吉沢の方はどうかな」
「……いいんじゃないかな。さっきもうちに来てること喜んでたみたいだし」
「連絡してみるね」
 それから、両親から許可をもらった楓は風呂に入っていった。
 今のうちにちゃんと片づけなければ。もし万が一、バレてしまったら大変なことになる。
 あの写真の数がバレればきっともう関わってくれなくなる。
 振り向かせるんだ。どんな手を使っても。
 彼女が一番なのだから。
 彼女が風呂から出終わったころ、俺は母に話をしていた。
「日野がさ、泊まりたいって言うんだ。だから、前みたいに部屋にしようかと」
「……」
「どした?」
「いや、いいんだけど。何も変なことしないでね」
「わかってるって。疑うなよ」
「あのぉ……」
 楓だ。
「母さんからは許可下りたよ。大丈夫だって」
「あ、ありがとうございます」
「いいのよ。ただ、啓に何かされたらすぐに言ってね。殴るから」
「令和らしからぬ昭和的発言」
「殴るよ?」
「早急に風呂に行ってきます」
 着替えを取りに部屋に戻る際、楓もついてきた。
「ねえ、変なことって何?」
「会話、聞こえてた?」
「うん。ねえ、どういうこと?」
「知らねえよ」
 てか、言えねえよ。そんなこと聞くな。答えれるわけねえんだ。
「ふーん。そうなんだ」
 部屋に入ると、彼女はベットに座った。
「おい、待て」
「ん?どうかした?」
「どうかした?じゃねえよ。なんで、ズボンはいてねえんだ」
「だって、服のサイズ大きかったし、ズボンはなくても隠れるかなって」
「そういうことじゃなくて……」
「それにしても、大きくなったよねぇ。中学生の時まで私の方が背、大きかったのに」
 話逸らしやがった。
「まあ、成長期が来たわけだし」
「反抗期が来たら、私、ここに泊れなくなるかもね」
「来ないよ。きたとしても、日野に当たることはないよ」
「でもでも、流石にエッチなものとか持ってるでしょー?」
 誘ってんのかよ、こいつは。
「持ってねえよ」
「ほんとにぃ?」
 煽ってくるじゃんこいつ。
「ないよ」
「なぁんだ。男の子らしくない。意地悪はしてくるくせに」
 やっぱ誘ってね?
 俺は、着替えを端に置くと彼女両手首をつかんでベットに押し倒した。
「お、何々?わっ!?……え、え、ちょ、吉沢?どうしたの。痛いよ」
「そういうの、ほかの男に対して言うなよ。危ないんだから」
 手首から手を離して着替えを持つ。
「怖かったらごめん。適当に待ってて」
 そうして、俺は風呂へと向かった。
 押し倒したとき、彼女は戸惑っていた。
 するべきじゃない。
 だけど、そのままにしたくなかった。
 一度でいいから男らしくしたかった。
 昔みたいにワイワイやってるだけの子供じゃないんだぞ、と。
 風呂から出て部屋に戻った時、彼女は特になんもなさそうにスマホをいじっていた。
 部屋をいじられた感じはしない。よかった。
「お!出たんだ。ねえ、布団どうする?私、布団で寝ようか?」
 その前に、なんだそのちょっとずれれば下着が見えそうな格好は!
 視線をそらしたまま、口を開く。
「俺が布団で寝るし、ベット使ってどうぞ」
「え!?いいよ、私が布団で寝る」
「いやいや、どうぞ、ベットで」
「……」
「ベットな」
「じゃあ!一緒にベットにしようよ。どうせ、襲うことはないんでしょ?だったら、私は安心してベットに寝れるし、吉沢だって安心だ!」
「なわけないだろ!!」
 思わず、声を荒げた。
 俺が安心して寝れるわけがない!
 中学時代、何度か泊まりに来たことあったが、そういって、一緒に寝て抱き枕にしたのはどこのどいつだ!
 今の俺に理性が働くかどうかわからんぞ!
「え、襲うの?」
「違う。そうじゃない!日野は絶対、俺を抱き枕にする。だから、一緒に寝るくらいなら俺は布団で寝る」
「何それ。今まで、私と寝たくなかったってこと?だったら、最初っからそういってよ!」
「そういう意味じゃない!お、俺だって、男、だぞ?」
「だったら何よ!」
「俺が何もしないなんて本気で思えるか?」
「うん」
「……」
 じゃあ、ダメだ。
 どうしようもない。
 俺は、その布一枚の危機感のない彼女とベットで二人、寝ることになった。
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