夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
 シャーリーが大きく息を吸った。
「承知しました」
 どことなくその言葉が震えているようにも聞こえた。
「だが、無理はしないでくれ。まだ、外に出るのが怖いのであれば、無理にとは言わない。他の者に頼むから。イルメラかセバスあたりに頼む」
「いえ、大丈夫です。イルメラさんに付き合ってもらいます。私もこのままではいけないと思っておりますから。明日、こちらの菓子店に寄ってから出勤しますので、少し遅れてしまいますが、よろしいですか?」
 以前もそうやって、彼女は引き受けてくれたのだ。心のどこかに恐怖があるだろうに、それに向かおうとしている。
「ああ。菓子を買いに行くのも仕事だから、問題はない」
 シャーリーは軽く頭を下げると、隣の資料室に向かった。
 ソファ席から彼女の姿を見ることはできない。角度的に死角になる。だが、彼の執務席に座れば、シャーリーの姿を確認することができる。
 今は、ソファ席にいて良かったとランスロットは思っていた。
 なぜか気まずかった。いや、緊張していた。このような姿をシャーリーに見せたくなかった。
 テーブルの上にある冷めたお茶を一気に飲み干した。
 空になったカップ二つをワゴンに戻すと、ゆっくりと執務席に戻る。
 今日は来月の騎士団のシフトを決めなければならなかった。騎士団は近衛騎士隊、諜報隊、警備隊などの他にも、支援隊や防護隊など、目的に応じた部隊がある。各部隊の細かい人員配置は隊長が決めるが、予定されている公務などにどこの隊から人を出すかを決めるのは団長であるランスロットの仕事でもある。また、王都だけでなく、地方にも人を派遣する。その任期を決めるのも彼の仕事だ。
 来月の公務の確認をしようと、書類を手にした時、視線を感じた。
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