夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
◇◇◇◇

 シャーリーは久しぶりの買い物で、精神的に疲れていた。イルメラがついてきてくれたものの、屋敷と王城の間で寄り道をすることも初めてのことだったからだ。
 王城の食堂で食事をすることはできる。あそこに集まる人間は、シャーリーもなんとなく顔を見たことのある人たちばかりだからだ。それに、そんな彼らをよく知っているアンナも一緒にいてくれるからだ。
 だが今日は違った。
 シャーリーの記憶がある限り、初めて訪れる菓子店。店員がどのような人物かさえもわからない。
 カランカランとベルを鳴らして店内に入ると、甘い匂いがすぐに鼻についた。
『いらっしゃいませぇ』
 女性の声で迎えてもらったことで、シャーリーはほっと息をついた。
 それでもすぐに困った。ランスロットがどんなお菓子が好きであるか、まったくわからないからだ。
 イルメラに相談してみるものの『奥様の好きなものをお選びください』と言い、ランスロットの好みは一つも教えてくれない。挙句『奥様の好きなものが旦那様の好きなものです』とまで言われてしまう。
 結局、シャーリーが食べたいと思った焼き菓子を選ぶことにした。
 チョコレートでコーティングされたラスクが目に入る。なぜかこれを買わなければと思ってしまった。いや、シャーリーが食べたいと思ったのだ。
 休憩時間に、菓子屋で買ってきた菓子をランスロットに選んでもらおうと思い、籠ごと置いた。
 にもかかわらず、今、目の前にはあのチョコレートラスクが置いてある。
 シャーリーはちらりと執務席で仕事をするランスロットに視線を向けた。彼は書類を確認していて、シャーリーの視線には気がついていない。
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