夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
 自分のためにお茶を淹れると、ラスクに手を伸ばす。
 サクッとした食感と甘い香りが口の中を満たしていく。
 喉の奥がむせ返るほどの甘さに、鼻がツンと痛くなる。それが菓子の甘さのせいではなく、込み上げてきたなつかしさによるものであったことに、はっとする。
(なんだろう……。なぜこんな気持ちになるの?)
 こみあげてくる涙が零れないように、何度も瞬きをする。鼻をすすり、お茶を飲む。
 またラスクを一口かじると、目の奥が痛くなる。
(どうして……)
 シャーリーもわからなかった。ただ懐かしくて嬉しくて、涙が込み上げてくるのだ。
 視線を感じて顔を向けると、ランスロットがシャーリーから六歩離れた場所に立っていた。
「泣いているのか? 何かあったのか?」
 そう問いかける彼の声は優しい。
「いえ、何もありません。お菓子があまりにも美味しかったので、感動してしまいました」
 シャーリーは必死で誤魔化そうとした。
「そうか。君は昔からそれを気に入っていたようだったからな」
 それだけ言うと、ランスロットは執務席へと戻る。
 シャーリーは顔を伏せるようにして、急いで目尻の涙を拭った。

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