夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
「ランスロット様。私、自分で歩くことができますから」
「だが、また倒れるかもしれない」
「でしたら、手を繋いでもらってもいいですか?」
 シャーリーが手を繋ぎたかった。少しでも彼の体温を感じたかったのだ。だが、抱かれるのは恥ずかしい。
「ああ」
 ランスロットは嬉しそうに笑うと、彼女に手を差し出した。
 門の前で止まった馬車から降り、屋敷へと向かう。ほんの数十歩であるのに、手を繋いで歩くことが、新鮮に感じた。
 屋敷の扉の前で立ち止まると、ランスロットはシャーリーの顔を見つめる。シャーリーも顔を上げ、彼の顔を見つめる。
 二人で微笑み合う。
 たとえ記憶がなくても、隣にランスロットがいる。それだけで、シャーリーの心は、ほんわかと温かくなる。これから築き上げていく彼との生活も、このような些細な幸せを噛みしめる生活になるに違いない。
 ランスロットが扉の取っ手に手をかけ、扉を開けようとした。
 シャーリーはその様子さえ愛おしそうに見ていた。だから、彼の向こうから近づいてくる刃物を持った男が視界に入った。
「ランスロット様」
 前にも似たようなことがあった。
 あの日は天気がよい日だった。たくさんの人に囲まれ、祝福の言葉をかけられた。青い空に輝く太陽が眩しく、目を細めたものだ。
< 176 / 216 >

この作品をシェア

pagetop