夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
 がばりと起き上がって、執務室を出る。カツカツとブーツ音を響かせて階段を下り、事務官室の扉を叩く。
「ハーデン団長でしたか」
 扉を開けたのは、アンナだった。
「もしかして、シャーリーのことですか?」
「もしかしなくても、シャーリーのことだ」
 アンナはちらりと後方を確認してから、ランスロットに中に入るように言った。
「こちらで話を伺います」
 アンナに案内された場所は、事務官室の一画にある小さな小部屋だった。だが、この部屋はガラス張りになっていて、他の事務官たちからも丸見えの部屋なのだ。ただ、小部屋の中の声は外には聞こえないという利点がある。それはこの部屋が魔法をかけられているからだ。声が部屋の外に漏れない魔法である。
 アンナに促され、椅子に座る。ここにある椅子や机は、ランスロットの執務室にあるような重厚なものとは違う。椅子も机も簡素な造りのもの。こうやって話をするためだけの場所だから、簡素なもので充分なようだ。
「シャーリーが目を覚ましたとは伺っていたのですが……」
 アンナがそう切り出したときに、ランスロットの脳裏にはジョシュアの顔が浮かんだ。さらに、脳裏のジョシュアはウィンクをして右手の親指を立てている。いかにも「やっておいたぜ」という仕草のジョシュアの姿である。
「ああ、シャーリーが目を覚ました」
 ランスロットが口にすると、アンナの顔もぱあっと輝いた。
「よかった……」
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