夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
 ――そこで、扉を叩かれた。
「はい」
「シャーリー。俺だ。部屋に入ってもいいだろうか」
 俺、つまりランスロットである。
 シャーリーは少し躊躇ってから「はい」と返事をした。
 ゆっくりと扉が開かれ、ランスロットが扉を押さえたままそこに立っていて、部屋に入ってこようとはしない。
「いや、話だけならこの状態でもできるな。ここでいい」
 どうやらランスロットは夫婦の部屋に入ることをやめたらしい。
 シャーリーは立ち上がって、ランスロットに身体を向けた。向かい合う形になるが、二人の距離はもちろん十歩以上離れている。
「ウェスト事務官と話をした」
「アンナとですか?」
「ああ。君が事務官として復帰してくれることを待っているそうだ」
「てことは、私。事務官に戻れるんですか?」
「そうだ」
 ランスロットは大きく頷いた。
「体調も落ち着いてきたから、そろそろ復帰してはどうだろうか」
 シャーリーはこの息苦しい屋敷から逃げ出す口実を見つけたようなものだ。息苦しいのではない、むしろ心苦しいだ。何もせずこの屋敷で世話になっていることが、心苦しかった。
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