夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
「あ、ああ。わかった。直すところは、多いのか?」
「そうですね。団長は計算が苦手でいらっしゃいますから、それでも一時間あれば終わると思います」
「だったら、今、書類を預かる」
 ランスロットが一歩、部屋に入ってきたため、シャーリーは狼狽えてしまった。
「あ、すまない」
 そんな彼女の様子を見たランスロットは、その場で止まった。
「違うんです。まだ、修正案が終わっていなくて。すぐに終わらせますから」
 実のところ、修正は終わっている。だが、メモが汚れている。先ほど、ぼんやりとしてしまったため、インクの滲みができてしまったのだ。
「後でお持ちします」
「わかった」
 ランスロットはそのまま後ずさりしていく。そして、部屋の外に出たところで、扉をパタリと閉めた。
 彼との世界が分断されたところで、シャーリーは一息ついた。
 胸の前で両手を握りしめる。
 ランスロットが近づいてくるのは怖かったが、それでも嫌な気持ちはしなかった。
 彼はシャーリーの気持ちを尊重してくれている。彼女が知っている他の男性と違い、自分の意見や意思を押し付けてこないのだ。
 唇の先が痺れるくらい、心臓が痛く高鳴っていた。

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