無茶は承知で、今夜あなたに突撃します
 弱火の恋の炎に酸素を送って強火にし、最終的には燃え上がらせる作戦か。
 あざとい女性のテクニック、というやつだ。
 だけど俺は、苦笑いをしながら首を横に振った。

「辞めておきます。僕が気になってる女性には通用しなさそうですから」

「そう?」

「ちょっと天然なんですけど、とてもピュアな人なので、下手をすると傷つけてしまいそうです。逆効果かもしれません」

 神野さんの本心がわからないのに、ヤキモチを焼かせるなんて不可能に近いだろう。
 彼女はなんでも素直に受け止める人だ。変化球やあざとさなんて通用しない。

「もしかして、会計事務所にいる女性ですか?」

「……え?」

「事務の方で、とてもかわいらしい女性がいましたよね」

 四方さんに言い当てられたことに驚いて、俺は目を泳がせながらグラスの水で喉を潤した。

「ふふ。意外と志賀さんってわかりやすいですね」

「なにも言ってませんけど」

「見ればわかります」

 ニヤニヤとする四方さんを直視できないのが非常に悔しい。
 特に親しくもない彼女にここまで見透かされるとは。

「じゃあ、私にはいつか協力をお願いします。約束ですよ?」

 俺はあきれた表情を引っ込められないまま、小さくうなずいた。
 四方さんはどうしてもその男性を振り向かせたいようだ。
 うまくいくならそれでいいが、作戦失敗でその男性から恨まれないことを密かに祈った。

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