無茶は承知で、今夜あなたに突撃します
 九月に入ったばかりの週末、再び田沢とふたりで奥山先生のいる病院を訪れた。
 昔の先生なら、「何度も来なくていい」などと強がりそうなものなのに、「よく来たな」と静かな声音で言われた。
 それは年齢を重ねた分、性格が丸くなったのだ。病気のせいだと思いたくはない。

「一学年後輩の北山(きたやま)、わかるよな? お前たちが部活を引退したあとに主将を務めてたヤツだ」

「ああ、はい」

 先生は懐かしそうに昔話を始め、俺と田沢は相槌を打ちながら耳を傾ける。

「この前見舞いに来てくれたんだが、先月ふたり目の子どもが産まれたらしい。その子にも剣道を教えるって今から意気込んでたぞ」

「じゃあ、先生も一緒に指導しないとですね。北山の子どもなら、先生にとっても孫みたいなものでしょう?」

「お前ら、俺を年寄り扱いしたな?」

 眉根を寄せて冗談を口にする先生を見て、俺も田沢も首を横に振りつつケラケラと笑った。
 先生が元気になったら、小学生でも高校生でもなんでもいいから、また誰かに剣道を教えてやってほしい。それは教え子全員の総意だろう。

「北山は良い父親になってたぞ。立派なもんだ。ところで、ふたりとも結婚はまだか? 田沢!」

 なぜか先生が狙い撃ちするように田沢の名を呼んだ。
 驚いた田沢はビクッと肩を震わせて、俺と先生を交互に見ておどおどしている。

「先生、俺より志賀を心配してくださいよ。見た目がよくてデキる公認会計士なのに相手がいないんですよ? そっちのほうが深刻ですって!」

「……そうだな」


< 57 / 81 >

この作品をシェア

pagetop