無茶は承知で、今夜あなたに突撃します
 ふたりの会話に置いてきぼりにされた俺は、当の本人であるにも関わらず、呆然と口を挟めずにいた。
 抗議の意味をたっぷりと込めて、話を振った田沢をギロリと睨む。

「志賀、恋人は?」

「今はいません」

「気になる女性くらいはいるだろう?」

 そう言われてすぐに思い浮かんだのは、神野さんの顔だった。
 彼女のことは俺の中でずっとモヤモヤしているのに、四方さんだけではなく奥山先生にまで突っ込まれる羽目になるとは想定外だ。

「なんだ、いるんじゃないか。早く捕まえろよ。モタモタしてたらほかの男に取られるぞ?」

「先生、そう言いますけど……簡単じゃないですよ」

「そんなに厄介な相手なのか?」

 その質問には首をゆっくりと横に振った。
 気持ちが読みにくい部分はある意味当たっているけれど、先生が危惧した意味とは違う。

「いいえ。とても心が綺麗で、やさしく相手に寄り添える人です」

「そうか。そんないい子はなかなかいないぞ? 今度会わせろ。俺がお前との仲を取り持ってやる」

 どこまでが冗談なのかわからなくて、俺はとりあえず笑みをたたえておいた。
 神野さんと奥山先生はまったく接点がないのに、果たして一緒に見舞いに行こうと誘ってもいいものかと想像を膨らませてみたが、自分の中で答えが出せない。
 心根のやさしい彼女のことだから、ノーとは言わないだろうと予測できるけれど。

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