無茶は承知で、今夜あなたに突撃します
「お前たちにまだ伝えてなかったな。来週、退院が決まった」

「え、よかったじゃないですか!」

「……まぁな」

 先生が言うには、一時退院の許可が下りただけらしい。
 だけど、食事が喉を通っているからなのか、顔色が前回来たときと比べて断然よくなっているし、声の張りも違う。
 快方に向かっているなら何よりだ。

 翌週、予定通り奥山先生は退院した。
 体調が悪ければ家には帰れなかったはずだから、回復してきているのだと思う。

 それがうれしくて、真っ先に神野さんに伝えたくなった。
 先生の病気の話をしたときに涙を流してくれた彼女なら、一緒にこの喜びを分かち合える。

 だけど俺も連絡を受けたのが夜に差し掛かるころで、報告をしたくても、神野さんはすでに仕事を終えて帰ってしまった。
 ビルを出て歩きながら彼女に電話をかけてみるけれど、呼び出し音のあとに留守番電話に切り替わる。

 気が付いたら俺の足は自然と彼女のアパートのほうへ向かっていた。
 急ぎの話ではない。どうせ翌日も顔を合わせるし、なんならメールで済ませておいてもいい。
 なのに俺はどうしても彼女の顔を見て話がしたくなったのだ。

 アパートまでやって来たものの、彼女の部屋の明かりが点いていない。まだ帰宅していないようだ。
 再度電話をかけてみても繋がらなかった。しばらく待ち、どうしたものかと途方に暮れる。
 会えないなら仕方がない。急に押し掛けた俺が悪いのだ。

 今夜はあきらめて帰ろうと思ったそのとき、こちらに人が近付いてくる気配がした。
 それは神野さんと、若い感じの男がひとり。
 昨日見かけた幼馴染のヤツかと一瞬思ったが、外見が全然違う。似ても似つかない。
 
 向こうも俺の存在を確認し、彼女となにか言葉を交わした後に来た道を戻っていった。
 誰だったのかと尋ねたら、ハワイアンカフェの店員だと言う。

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