無茶は承知で、今夜あなたに突撃します
「ずいぶん仲がいいんだな」

 嫌味のような冷たい言い方をした自分自身に驚いた。
 彼女はおろおろとしつつも、あの男を咄嗟にかばったように見えて、それがまた癪に障る。

 この気持ちはなんなのだろう。
 神野さんのことになると、自分でもよくわからない感情に振り回される。

 イライラを落ち着かせ、本題である奥山先生の退院報告をすれば、彼女は体を揺らせながら溢れんばかりの喜びを表してくれた。

 職場ではパソコンに向かって黙々と仕事をしている彼女だが、外ではこんなにもコロコロと表情が変わるのだとあらためてわかった。知れば知るほど人間味がある。
 今もそうだが、彼女と一緒にいると、俺は自然と笑顔を取り戻せている。
 彼女がパワーを分け与えてくれているからだろう。

『そんないい子はなかなかいないぞ?』
 先日の奥山先生の言葉が頭に浮かんだ。
 会ったこともないのに言い当てる先生は本当にすごい。


 仕事に忙殺されて、気が付けば九月も月末になっていた。
 クライアントへの訪問を終え、会計事務所に戻る途中で一軒のカフェが目に入る。

「あ……ここか」

 外観も内装もオシャレで、女性客で賑わっているその店は、神野さんがよく利用しているというハワイアンカフェだ。
 俺は入ったことはないが人気なのはうなずける。

 外から店内をうかがって例の男を探してみた。
 だけど、ミルクティーみたいな派手な髪色の店員はどこにもいない。

 自分の奇妙な行動にハタと気付いて視線をさまよわせた。
 俺はいったいなにをしているのだろう。アイツを見つけたところで話などないのに。

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