無茶は承知で、今夜あなたに突撃します
「あれ?……たしか、知鶴さんと同じ職場の会計士さんですよね」

 後ろから声をかけられ、ドキッとしながら振り向いてみれば、そこに立っていたのはあの男だった。
 間近で見たのは初めてだけれど、思っていたより高身長で筋肉質な身体だし、認めたくはないがイケメンだ。

「俺を覚えてないっすか? 知鶴さんをアパートまで送って行ったときに一度会いました。会話はしてないですけど」

「……覚えてるよ」

 彼女を“知鶴さん”と下の名前で呼んでいることにイラッとして、一瞬顔が引きつりそうになった。
 彼女にとって俺はただの同僚で、コイツは友達という位置付けだ。
 俺のほうが付き合いは長いだろうけれど、親しいかどうかの距離は遠い気がした。

「コーヒー飲みに来てくれたんですか? うち、豆は厳選してるんで結構うまいっすよ!」

「いや、たまたま通りかかっただけで……」

「もしかして俺に会いに来ました? すみません、今日は俺、もうバイト上がっちゃいました」

 洒落たボディーバッグを肩から斜めに身に着けている彼は、たしかに今から帰るところだと見受けられた。
 しかし、自分に会いに来たのかと直球で聞いてくるなんて、俺に対して威嚇しているつもりだろうか?

「だから、たまたまだって言っただろ。君に興味はない」

「よかった~。男にまでモテ始めたのかと思いましたよ」

 ケラケラと笑っている表情を見ると今のは冗談なのだろうが、女にはすでにモテていると主張しているようなものだ。
 左耳にはピアスが光り、ファッションセンスもいい。実際モテまくっていて、女には不自由していないはず。
 だからこそ解せないのだ。正反対な神野さんがなぜこんなチャラ男と友達になったのか。

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