囚われのシンデレラーafter storyー


 松澤さんにタクシーに押し込まれ、わりと大きめな病院に連れて行かれ。

「極度の疲労から来るものではないか、ということだ」

松澤さんを介して伝えられた診断は、私が想像した通りのものだった。

私のバイオリニストとしての状況を松澤さんが医師に説明し、早めに回復する必要があることと手っ取り早い栄養補給を考え、点滴をしてくれることになった。

 ベッドに横たわり点滴に繋がれている間、私は気付けば爆睡してしまっていた。点滴をするのは初めてのことで、痛みがあるのかどうか確認する間もなく爆睡していた。

 一体、どれだけ睡眠を欲していたのだろう。

ふっと目が覚めて瞼を開けると、心配そうに私を見つめている松澤さんの顔があった。

「あ……っ、すみません、私――」

一体、いつからそこに――?

ねぼけていた頭が一瞬にして醒め、起き上がろうとした私を制止した。

「いい、もう少しゆっくりしていろ。点滴はもう終わった。少し休めば帰宅してもいいそうだ。数日しても体調が戻らないようなら、念のためまた受診してほしいと言っていた」
「何から何まで、ありがとうございます。ご迷惑おかけしました」

いつも鋭く険しい目が、柔らかくなる。

「――本当に。あんまりびっくりさせるな」
「すみません。プロたるもの、体調管理くらいきちんとしなくちゃいけませんよね。本当に申し訳ありませんでした」

松澤さんなら、辛辣な言葉の一つも飛んで来てもおかしくない。

「君がどれだけ努力をしているのかは、分かっている」

予想外の言葉に驚く。

「君にとって初めての大きな公演だ。東京公演の前から気が張り詰めていたはずだ。それからずっと、過密なスケジュールの中で私の要求に必死に応えバイオリンに向き合って。今度はパリのオケという、誰にも頼れない中で必死だっただろう。ここに来て疲れが頂点に達しても仕方ない。私も、気付いてやれなくて悪かった」

そんなことを言う、指揮台の上では絶対に見せない松澤さんの表情に更に驚いた。

「い、いえ」

慌てて身体を起こそうとすると、松澤さんが私の肩を掴み支えようとその身体が近付く。

「大丈夫です――」

それをやんわりと遮ろうとすると、ほんの一瞬だけその目を歪め私から顔を逸らしたのに気付いた。

不思議に思って、松澤さんの向けられたであろう視線をたどる。

あ――。

咄嗟に胸元の白いシャツを手のひらで掴んだ。

ベッドに横になる時、首元を緩めるためにボタンを一つ外していた。
白いシャツの合わせ目の少し奥、鎖骨の窪みの下辺り、1つじゃない。2つ、3つ、赤紫の痕があった。

昨日の――。

気付かれただろうか?
いや、これだけで何が分かるという――?

頭の中で二人の自分がやり合う。

「――ホテルまで送って行こう。歩けそうなら言ってくれ」

少し俯き加減の松澤さんからは、もう何もうかがい知れなかった。

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