春の欠片が雪に降る




 生意気な口を……、と瀬古は腹を立てているのだろうがこれまで発言できていなかったのなら声にしなければきっとずっと働きづらさは変わらない。
 これからの自分の為にも。

「まぁ、その辺は吉川さん来てくれたし、対応しきれてない顧客渡すでしょ。それだけでも変わるんちゃいますか」
「……そうだよね。あとは事務だけど……松井さん? だっけ? まだ辞めるって連絡きただけなんだよね? 何とか戻ってきてもらえないのかな」
「あー、ね、どやろ……」

 ほのりの発言に、木下が表情をほんの一瞬だったが曇らせた。

「無理やろ」
「え?」

 瀬古が顔を顰めてそんな木下を見ながら答えてくる。

「木下くんと何かあったの?」
「関係ないやろが」
「いや、木下くんに聞いてるんですけどね!?」

 トラブルとは無縁そうなので素直に驚いてしまう。

 瀬古とほのりの喧嘩勃発というところで、大きな着信音が割って入った。
 瀬古は舌打ちをしながら、デスクに置きっぱなしにしていたのであろうスマホを取りにその場を離れる。
 その横で、ホッとしたように息を吐いた木下かのが目に入ってしまった。

(なんだろ……)

「松井さんは、保険証とか返しにくるって話までしてるからね、また募集かけることになると思うよ」

 気になるけれど中田がそう締めてきたので、ほのりもそれ以上は何も言えない。

「そうですか」

 少しでも仕事内容を知ってる人がいてくれると助かると思っての発言だったが、話は進んでしまっているらしいからだ。

「おい」

 わずかに肩を落としていると、大きなビジネスバッグを抱えた瀬古がこちらに向かって声を上げた。

「客んとこ呼び出しや、木下と俺出なあかん。お前、中田さんと仕事しとけ、今日は中なんやろずっと」

(いきなりお前呼ばわりすんなってば!!)

 話すたびに腹を立ててしまうのをどうにかしなければ身が持たないだろう。

「……(言われなくても) わかってますよー」

 何とか口角を上げながら引き攣った笑顔を浮かべて返すと、瀬古の方へ走りよる木下が振り返る。

「すみません、初日からゴタゴタして。早く戻れるようにしますんで」
「え!? ああ、いやいや大丈夫」

 申し訳なさそうに笑顔を作った木下に、ほのりの心臓は大きく跳ね上がった。
 
(ああ……もう、やだな、なんていい子……)

 また彼が、眩しく映る。
 木下がいなければ瀬古とまともな会話などできなかったんだろう。
 その感謝の心のせいだ、きっとそうだ。

 言い聞かせて、背中を見送るほのりの脳裏に、なかったことにした夜。あの日の木下の声が少しだけ蘇っていた。


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