春の欠片が雪に降る




「そのボール、瀬古さんと思って!」
「……ぶっ!」

 木下の突然の言葉に思わず吹き出して、ポスッと間抜けな音と共にボールは逆回転で木下の元へ飛んだ。

「え、軽! もっと憎しみ込めていけますって!」
「ちょっと……、ふふ、ねぇ、待って!」

 笑いを堪えられなくなったほのりへ、再び気持ちよく打ち返せそうなボールがとんできてしまう。

(瀬古さんと思って……って)

 丸いボールに角刈りと仏頂面が自然と描かれてしまうではないか。
 予想よりも鬱憤がたまっていたのか。苛立ちが蘇ってきてしまい、思いのほか力強く瀬古が浮かぶボールを撃ち抜いてしまった。
 手のひらがじわりと熱を持つ。懐かしく、気分のいい感触だ。

 木下が低く構えてそのボールを拾い上げるも、威力は落ちることなくそのまま壁に跳ね返る。

「おわ! ヤバ、めっちゃ痛いし」
「え、うそごめん!」

 駆け寄り、しゃがみ込む木下のすぐ隣にほのりもしゃがみ込む。
 
「どっか傷めた!?」

 心配して腕に触れると、返ってきたのは喉を鳴らすような、抑えた笑い声。

「……はは、吉川さん。どうっすか、ちょっと気持ちよくないです? 瀬古さんシバいてるみたいで」
「……ちょ、もう、心配したでしょ、やめてよ! てか二人仲いいんじゃなかったの?」

 ニヤニヤと笑う木下が「今はね」と、短く答えた。

「最初は俺も結構やられましたよ〜。ちょうどその頃に高校ん時のバレー部の奴らに誘われて、時々こうやって遊びに来るようになったんすけど」

 ほんの少し動いただけだというのに息は上がるし額にうっすらと汗までかいてしまっている。歳をとるとは本当に恐ろしいことだ。

「ちょっと座ります?」

 ほのりの額に木下が触れる。
 どうやら汗を拭われてしまってるようだ。

「き、汚いから!」
「えー」

 パーカーのポケットに入れていたハンドタオルを取り出し、急いで木下の手を拭う。
 そうして足元に置いていたバッグを手に取り木下が指差した壁際へと移動した。


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