春の欠片が雪に降る




 コートの中では徐々に増えてきた人たちが、ゲームを始めているようだ。
 笑い声、ボールが落ちる音。ジャンプの振動や、時折キュッとシューズが擦れる音。
 長く触れ合ってこなかった懐かしい音は、気分を和らげてくれる。

 そんな中、木下と並んで座る。

「……吉川さんがほんまに笑ってくれたら、あんな感じなんすね」

 一呼吸置いてから木下がつぶやくように、そう言った。

「え?」
「いや、会社では綺麗な顔して笑ってるか……瀬古さんとやり合ったあとはちょっと、なんてゆうんですか……悔しそうってか泣きそうってか」
「えー……」

(よく見てるし、よく聞いてる子だよね木下くんて)

 この一週間、確かに腹立たしい気持ちや疲れ切った身体と共に、どこか泣き出したくなる瞬間もあったように思う。
 でもそれは、自分で決めたことへの結果なのだから。そう言い聞かせて、過ごしていた。

「泣かないよ、ムカついてたけどね」
「はい、でも、よく考えんでも……吉川さんこっちにまだ会社以外で知り合いなんておらへんのちゃうんって気になって」

 ゆっくりとほのりへと視線を向ける。

「余計なお世話なんですけどね、どっかで泣いてたり落ち込んでたら嫌やなって。ほんなら今日会えたし、バレーやってたって言うし。俺とおんなじ方法で瀬古さん殴り飛ばしてもらおうか思ったんすよ。あ、支店長でもいいんですけど」

 柔らかい笑顔が、弱った心に突き刺さる。
 カッコよくて、可愛くて。その上、この優しさはなんだ。

(職場が同じだけの、他人なのに……、落ち込もうが泣こうが、それを気にして木下くんにメリットなんてないだろうに)

 人の心の機微を見つめることのできる、優しいひとなのだろう。

「……ありがとう」

 ふと顔の筋肉から力が抜けて。自然とこぼれ落ちた”ありがとう”は、何も考えずに発した久々の言葉かもしれなかった。
 すると、木下は目をパチパチと大袈裟に瞬かせてほのりを凝視する。


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