春の欠片が雪に降る




「あ、私だけじゃないです。あの辺の子達も、ほとんど木下狙いで。私は……大学一緒だっただけなんですけど。高校の頃から好きだったって子も見にきてたりして」

 彼女が指差した方を見れば、体育館の入り口から数人黄色い声をあげるギャラリーの姿。
 もちろん全て女性だ。
 
(えーっと、さっきまで聞こえてなかったんだから……これは)

 木下がコートに入ったから上がっている声援で。
 
(そりゃ、聞きにくるよね……あの女誰だよ状態だったわけだ)

「木下くんイケメンだもんね」
「は、はい! それに優しいし……」

 さらに赤くなってしまっている。
 木下は、これを見てどう感じるのだろう。可愛いなと思ったりするのだろうか。

「ほら、そろそろ出とかないと。バレーしないのに入ってたら怒られるよ」

 友人らしきもう片方の女の子に連れられ、木下のことが好きだという彼女はペコリと何度も頭を下げほのりの横を去った。

(フリーなの初めてって……どんなモテるんじゃい)

 深くため息をついたなら。
 視線の先の木下がレフトから打ったスパイクが猛烈な音を響かせながら相手コートに落ちる。途端に湧き上がるギャラリー。
 「木下くーん!」なんてあからさまな声も聞こえているだろうに見向きもしない彼は、ほのりの方を見て満面の笑みを浮かべた。

「吉川さん! 見てくれてました!?」

 突き刺さる視線。
 それでも、脇目も降らずに向けられた笑顔が輝いていて、目が眩みそうになる。

「見てたよ〜、いいコース」

 小さく拍手をしたなら、満足そうにコートに戻っていく姿。
 背中が大型犬に見えてしまう。
 
(どうしよ……可愛い)

 彼が本当に手の届かないアイドルや二次元の登場人物やらであったなら惜しみなく金を積んで満足して、それで終われていただろうに。
 手を伸ばせばすぐそこにいるだなんて神様は意地悪だ。

 いや、神様ではない。これは恋を諦めた女に悪魔の所業といえようぞ。


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