春の欠片が雪に降る




***

 

「結局待たせてすいませんでした」

 一緒にバレーをしていた友人や、ギャラリーの女性たちから離れて木下はスポーツセンターの玄関口に立っていたほのりの元へ駆け寄ってきた。

「もういいの?」
「え? いいっすよ、あいつらまた来週も集まるみたいなんで」

 ”あいつら”は、木下の友人たちのことだろうけど。

「違う違う、女の子たち。木下くんのこと待ってたんでしょ?」
「あー、別にそれは」

 木下が靴を履き替えながら決まり悪そうに首の後ろをさすっている。

「あ、木下まだいるじゃん〜」

 噂をすれば。何人かの女の子がスリッパを脱ぎながらこちらを見ていた。

「いいんで、すいません出ましょっか」

 ほのりの手を掴み走り出した木下に引っ張られ、ほのりもそのままスポーツセンターの外までやってきた。
 絶え絶えの息を整えて「何逃げてるのよ」と、非難の声を出す。

「……すいません、引っ張って。呼び止められても、ちょっと、困るってか」

 頭をかきながら、眉を下げて口元に笑みを作る。
 どうやら、彼女は今のところ作る気がないのか、はたまた既にいるのか。

「木下くん、相当モテるね……今は彼女いないの?」

 ほのりが聞くと、木下はぴたりと歩みを止めてしまう。

「どしたの?」
「……あのさぁ、吉川さん」

 不服そうな顔をして振り返ってきた。

「彼女おって、あの時吉川さんに声かけたんやとしたら俺、あんたの昔の男とおんなじやないですか」
「え?」
「死んでもせぇへんっすけど! 浮気とか!」

 言い捨ててスタスタと先に行ってしまう。
 慌てて追いかけようとしたならば、くるりとこちらに向き直し早足で戻ってきた。

「……なかったことにって言ったのに思いっきり、すいません」
「…………え? あ!?」

 木下の言う"あの時"が何なのかを理解してしまって、途端にほのりは顔が熱くなっていくのを感じる。

「ノーカン、やっぱ嫌っすわ、てか無理っすわ」

 甘えるような指先が、ほのりの指を絡め取り優しく包み込んでゆく。

「忘れられへんので、全部。覚えときたいんで」
「ちょ、ちょっと木下くん!」

 何度か手を掴まれたことはあっても、撫でるような手つきで触れられたことは、ない。少なくとも……初めて会った夜以外は。

「……俺、彼女、いませんから」
「は!? はい??」
「別に女の子たちに見られたくてバレーしに来てへんですし」
「うん……?」

 だからどうした? と言いたくとも口をパクパクさせるだけで言葉にならない。

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