独占愛~冷酷御曹司の甘い誘惑
七月、結婚式の日がやってきた。



披露宴は、系列ホテルの大広間を貸し切って行われる。

緊張で昨夜はほぼ眠れなかった。

ホテルに瑛さんとともに到着し、準備に向かうため踏み出す足はすでに震えている。




こんな調子で、長い一日をきちんと乗り切れる?



失敗は許されないのに。




弱気になっちゃダメ、と何度自分に言い聞かせたかわからない。



「――彩萌」



入籍していても、挙式前は支度をする部屋は分かれている。

反対側に向かったはずの彼に背後から名前を呼ばれた。

振り返ろうとした途端、広い胸に抱き込まれる。



「え、いさん?」

 

「お前は俺の妻だ。堂々としていればいい」



私の耳元近くの髪を掬い上げ、低音でささやく。

いくら早朝とはいえ、周囲にはホテルのスタッフをはじめ人影だってあるのに。



「俺たちは夫婦だと見せつけてやればいい」



こめかみに触れる柔らかな唇の感触に肌は火照るけれど、心は鈍く軋む。



それは、上手に演技をしろという意味?



あなたへの恋心を、今日は隠さなくていいの?



私を見つめる優しい眼差しが切なくて、苦しい。



「また、後でな。奥さん」



頬に落とされるキスも、触れる指先も、なにもかもが甘いのに本物じゃない。

彼の腕から抜け出し、支度へと向かう心はどうしようもなく乱れていた。
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