1monthCinderella〜契約彼氏は魔法使い〜
厨房で忙しくしているとさっき受けた屈辱を考えなくて済む。
竜基さんのマンションには行けないから今日は自分の家に帰ろう。

バイトの就業時間が終わりトイレ掃除を済ませて帰ろうと外に出たところで橘先輩に声を掛けられた。

「どうしたんですか?」

「この後少しだけ話せないかな?」

「30分くらいなら」

「それで構わない、駅前のカフェでいいかな」

今日は早く帰って眠りたい。
「えっと、駅前のベンチとかじゃダメですか?」

橘先輩は私の提案に承諾してくれてベンチに二人並んで座ったはいいが、なかなか話が始まらない。

「あの、電車の時間とかあるので、話がないなら」

「あっごめん。その、今付き合っている人とか居る?」

え?どう言うこと??

契約だとしても”私“は契約期間は誠実に生きたい。

「はい、います」

「その人の影響なんだ」

「え?」

「服装。随分と趣味が変わったというか。今までは松下さんの魅力はわかる人にしかわからない感じだったのに」

本当にちゃんと見てくれていた人がいたんだ。

「ずっと好きだったんだ。就活もあってなかなか言い出せなくて、そうしたら松下が美人なことをみんなに知られて焦ってしまった。松下が幸せならそれでいい。だけど、気持ちだけでも伝えたくて。時間をくれてありがとう」

そう言うと先輩は頭を下げて私に背を向けた。
竜基さんに出会う前だったら、きっとすごく嬉しかった。

橘先輩は常に私に親切だったから。

「先輩はずっと優しくしてくれて、尊敬してます。ありがとうございました」

先輩は振り向くと少し寂しそうに笑いながら帰っていった。
上野慎一よりも先に橘先輩が告白してくれたら、上野慎一に傷つけられず、乃乃に逆恨みもされずそして竜基さんと契約をする事なくこんなに傷つくことは無かったのに。
たらればを考えたって仕方がない。

重い足取りで帰路についた。

ベッドにダイブするともう何もしたくなくなった。
化粧を落とすのも面倒臭い、シャワーも面倒、服は・・・気になるからベッドに寝たまま脱ぎ捨てた。

バッグの中から着信を知らせるバイブ音が聞こえている、手を伸ばしてスマホを取り出すとメッセージや音声着信の履歴がたくさんついていた。

どうせ、邪魔だけだし。
というか、だったら何で一緒に住んだりしたんだろう、どちらにしても1ヶ月位は配慮して欲しかったな。

でも契約はあと二週間ある、私を変えてくれたことは変わらない。変な望みを持たずにやり遂げるだけた。

またバイブ音が響いた。

画面には竜基さんの文字が見える。

鳴り止むのを待って電源を落とした。
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