スパダリ部長に愛されてます
水曜日

悟から電話があった翌々日。
仕事を終え、会社を出るとスマホに着信があった。
ディスプレイにうつるのは「寺嶋 悟」
正直、めんどうだったが、出るしかない。
「もしもし」
「今、帰り?」
「え、そうだけど。」
嫌な予感がした。
「よ!お疲れ。」
スマホを手にした悟が目の前に現れた。
「どうして。」
「聞いたんだよ、あちこちな。」
もちろん、当時の同期や同僚の一部の人とは連絡を取り合っている。
どこで働いているか、調べようと思えば調べられるだろう。

「もう家に帰るだけだろ。
ご飯、食べに行かないか。
ちゃんと家まで送るし。」
「いやよ、それにこんなところまで来られたら困るし。」
会社の目の前ということもあるし、
ちょうど退社のピークの時間帯でもある。
自社や他社の人など、怪訝な顔で通り過ぎる人もいて、恥ずかしくなる。

どう諦めてもらおうか迷っていると、うしろから肩を叩かれた。
「古谷さん、お疲れ様。」
そこには、にっこりと微笑む横田さんがいた。
「あ、横田さん、お疲れ様です。」
一瞬、私と悟の顔を見た後、「部長、もうすぐ出てくるって言ってたからちょっと待ってましょ。」
「え、あ、はい。」
戸惑いながらも返事をすると、横田さんが悟を見ながら、
「あれ、知り合い?」
「えぇ、まぁ」
ムスリとした悟を横目に見ながら返事をする。
「どうしたの、急用?ご飯行けそうにない?」
横田さんが不審そうに私を見ながら聞いてきた。
「え、いや、行きたいです、行きます。」
どうしても、悟と2人きりになるのはイヤで、食い気味に返事をする。

横田さんが悟を見ながら、
「ごめんなさいね、私たちの方が先に約束してたの。」
「いや、俺も、」
「あー、来た来た、こっちこっち。」
言葉を返そうとする悟を遮り、ビルのエントランスに向けて横田さんが手を振るので振り返ると、
困った顔をした部長がこちらに向けて歩いていた。
「急にどうした?それに、本田さん?」
部長が横田さんを見て、その後私を見る。
近づいてきて悟に気付くと、すっと視線が鋭くなった。
「あれ、どうもこんばんは。」
部長が悟に向けて挨拶をする。
苦痛にゆがんだ顔をした悟が「どうも」と不愛想に返事をし、
「じゃぁ、洋子、また電話する。」
そう言いながら、さっと立ち去って行った。

「ごめんなさい、ありがとうございます!助かりました。」
悟の後姿が見えなくなったのを確認し、横田さんと部長に向けて頭を下げる。
「いいのいいの、なんか雰囲気が良くなかったから。
余計なことかとは思ったけど、新山君、呼んだのよ。」
横田さんがにこにこと優しく微笑んでくれる。
「いや、横田、ありがとう。
ちょっと要注意だな。」
部長が、用心深い顔をして、悟が去った方向を見ながら返事をする。
「うん、私もそう思う。
じゃぁ、新山君、あとお願いね。
洋子ちゃんをちゃんと家まで送ってあげてね。」
何も言えない私を挟んで、2人の話は進んでいく。
「あぁ、ありがとう。
今度、礼するから。」
横田さんに顔を向けて、部長と2人で頭を下げる。
「うふふ、楽しみにしてる。
じゃぁ、古谷さんもそんな顔しないで。
新山君に任せとけば大丈夫だから、美味しいもの食べて、楽しんでね。」
にっこりと横田さんが微笑む。
「ありがとうございます。」
再度、頭を下げて、悟とは反対の駅へと向かう横田さんの後ろ姿を見送った。

部長と2人で横田さんを見送っていると、
「彼とは約束してないのに、勝手に来たっていうこと?」
部長に聞かれ、コクリとうなずく。
「うーん、まだ近くにいるかもしれないな。
家がバレるのもまずいよね。
もうバレてるのかもしれないけど。」
悟がどこまで考えているのかわからない。
思い込みが激しいところがあったから、不安は尽きない。
正直、このまま1人で家に帰るのは不安だった。

私を不安にさせたのに途中で気付いた部長が、
「とりあえず、どこかでご飯食べて帰ろうか。」と明るく言い、
「こういう時は、肉だな」とぶつぶつ言う部長の一言に思わず笑ってしまった。
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