Restart~あなたが好きだから~
「藤堂さんは専務の秘書になってそろそろ2か月か?」


「はい。」


「だいぶ秘書稼業が板について来たように見えるけど、どうだい?」


「先輩にそう見えているなら、よかったです。」


笑顔で答えた七瀬だったが


「ところで、君は専務に惚れられそうか?」


突然の後藤田の言葉に


「えっ?」


驚いたように彼を見る。


「俺たちは辞令一本で、どこへでも行かされ、業務を与えられる。そして、そこには何者かもよくわからない上司が必ずいて、否が応でもその下に付かされる。そこに俺たちの意思や希望なんて、ほぼ入り込む余地なんかなくて、その出会いは偶然の産物であることがほとんどだ。」


「はい。」


「俺もかれこれ20年以上サラリ-マンやって来て、まぁいろんなタイプの上司の下についた。尊敬できる上司もいれば、大っ嫌いだった人もいた。特に秘書課に異動してからはまさしくその上司に一対一で『仕える』って形になって、他部署にいた頃より、上司とより濃厚な関係を築かされることになった。ビジネス面ではもちろん、それが私生活にまで及ぶこともあったよ。」


「・・・。」


「藤堂さん。俺はね、仕える上司に惚れ込まなきゃ、いい秘書にはなれない、そう思っているんだよ。惚れるっていう言葉からは、どうしても男と女の関係をイメ-ジしてしまうけど、決してそれだけじゃない。人間として相手に惚れ込むってこともあるんだ。人に人が誠心誠意尽くすなんて、言葉では言えても、惚れなきゃ絶対に出来ないよ。」


熱く語り出した後藤田の顔をじっと見つめていた七瀬は


「だから後藤田さんは副社長に付いて、出向されるんですね。」


と感に堪えないというような口調で言った。彼は第一副社長に付いて、共に出向して、引き続き秘書を務めることになっていた。こういう形で本社を離れることは、彼のこれからのキャリアに決してプラスになるはずはなかったが、それを厭わないくらいに彼は今の上司に惚れ込んでいるということなのだろう。


「私は自分が専務に惚れているか、また惚れられるどうかは正直まだわかりません。ですが、少なくても副社長となられ、より困難な道を歩んで行かれることになるあの方から求められているバディになれるよう、全力を尽くす覚悟は出来ているつもりです。」


七瀬に決意を述べると


「そうか、君は新副社長のバディか。」


「新しい秘書の形だな。」


「うん。俺は本社を離れるが、少し遠い所から応援させてもらうよ。」


そう言って、後藤田と宇野は、暖かい表情を浮かべ


「ありがとうございます。ご期待に沿えるよう、頑張ります。」


七瀬はそんな秘書課を去る2人の先輩に、頭を下げた。
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