成瀬課長はヒミツにしたい
 成瀬は電車に飛び乗ると、肩で息をしながらガラガラの車内を移動する。

 端の席に腰かけた途端、体中からどっと汗が吹きだした。

 成瀬は額の汗を拭おうとして、ふと手にステッキを握ったままだったことに気がつく。

「どれだけ必死だったんだ……」

 成瀬は滑稽な自分の姿に肩を揺らすと、上着を脱ぎネクタイを緩めた。


 大きく息を吐きながら、窓の外に目を向ける。

 日が傾きだした景色に重なるように、成瀬の姿が窓に映った。

「真理子と一緒にいる時の、自分の顔か……」

 成瀬はぽつりとつぶやくと、背もたれに頭をあずけて目を閉じる。


 『柊馬はまだ、出会ってないだけだよ』


 うつらうつらとしだした成瀬の耳に、懐かしい声が聞こえた気がした。


 ――あれは、佳菜が乃菜を産む前に、俺に言った言葉……?


 成瀬の脳裏に、もう随分と時が過ぎた、ある日の記憶が蘇った。


 その日、立ち合い出産のためのガウンを着るのに手間取る明彦を見ながら、佳菜は幸せそうに笑っていた。
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