成瀬課長はヒミツにしたい
 そして時折押し寄せる波に顔を歪めながら、成瀬を手招きしたのだ。


「あのね。本当に大切な人に出会ったら、どうやって笑ったらいいかなんて、考える暇もないくらい、笑顔になっちゃうんだよ」

 佳菜は成瀬の手に自分の手を重ねると、ぎゅっと力を込める。

「佳菜?」

 成瀬は佳菜が何を言わんとしているのかわからず、小さく首を傾げた。


「柊馬にも、いつか見つかるよ。その仏頂面を、笑顔に変えてくれる人が」

「おい、なんだよ。その言い方は」

 成瀬は、佳菜のまるで別れの言葉のような言い方に、不安を感じて目を逸らす。

 佳菜はそれすらも見透かしたような目で、優しくほほ笑んでいた。


「その時は、私にも見せてよね。柊馬の幸せそうな笑顔……」

 そう言った途端、佳菜は再び襲った痛みに顔を歪める。

 成瀬は、明彦に手を握られ、幸せそうな顔をしながら分娩室に移動していく佳菜の姿を、ずっと見送っていた。



「気がついてなかったのは、俺の方だ……」

 成瀬はステッキを鞄にしまい、上着を掴むと、駅で停車した電車を駆け降りた。
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