彼女はアンフレンドリーを演じている
「あ……うん、少し疲れてるのかも」
「そっちの部署忙しそうだったもんな、俺も今週バタバタしてたから」
「そうだったんだ」
「全然連絡出来なくてごめん」
気持ちを落ち着かせるためについ話を合わせた美琴は、逆に蒼太を謝らせてしまう。
しまったと思った時には、視線を落として自分の不甲斐なさを悔やむ蒼太の姿があって、美琴も胸を痛めて訂正しようとしたのだが。
その空気を読むには少し難しい立ち位置の大将が、今度は美琴のためのたこわさを届けにきた。
「はい、たこわさー!」
「あ、ありがとうございます」
蒼太が注文してくれた大好物が目の前にやってきて、空気を変えようと顔を上げた美琴。
いつの間にか中身が空っぽになっていた、蒼太のビールジョッキに気が付いた。
「蒼太くん、おかわり頼もっか?」
「いや、今日はもういいや」
「え?」
「注文メニュー食べたら、今日はもう帰ろう」
「……っ」
続いて、物悲しげに微笑んだ蒼太が注文していた、出来立てのだし巻き卵が湯気を立たせながらカウンターに置かれた。
そしてたまたま聞こえてしまった会話に、大将が残念そうに声をかける。
「二人とももう帰っちゃうのかい?」
「すみません、また日を改めて絶対来ますよ」
「おう、待ってるよ! たこわさいっぱい作っておくから」
そう言って美琴に目配せした大将は優しい笑顔を向けてくれて、それに応えるよう微笑みながら首を縦に振った美琴。
しかし、まだ一杯目のビールしか飲んでいないのに、帰ると言い出した蒼太の横顔を不安そうに見つめる。
「(私が、疲れてるって言ったから……?)」
それは紛れもなく、美琴の疲労を気遣った蒼太の心配りだった。
ただ、この気まずくなった空気の中で、果たして告白は成功するのだろうか。
そう悩んでいるうちに、全ての食事を済ませた蒼太は帰り支度を始めてしまった。