彼女はアンフレンドリーを演じている
その日の定時後、終わらせておきたい業務があり残業していた美琴は、ふと時刻を確認すると。
「……もうすぐ8時か」
そう呟いて辺りを見回すと、同じく残業していた他の社員はいつの間にか退勤していて、自分が最後の退勤者になっていたことを知る。
静寂に包まれた職場の中、美琴は何となく隣の空席に視線を向けて、蒼太が業務を手伝ってくれた日のことを思い出した。
あの時感じた鼓動を、合コンで味わうことはなくて、もちろん遼にも起こらないということは。
蒼太にしか反応しなくなった美琴の心臓は、蒼太に近付かなければ、平穏でいられる。
「(後が気まずくなる関係の断ち方だったけど……これでいいんだ)」
だから最近の蒼太との距離感が、自分の気持ちを鎮めるのにはちょうど良かったんだと、そう言い聞かせた。
その時、企画部のドアを開けて来たのは、営業部の仏的存在の、あの主任。
「誰かまだ残ってますかー?」
「あ、はい……」
「おお冴木さん、残業中申し訳ないんだけど、ちょっと手伝って〜」
「良いですよ」
業務もほぼ終えていて、後は帰る支度をするのみだった美琴が、嫌がる事なく席を立った。
そして主任に連れて行かれたのは、同じフロア内にある、少し広めの会議室前。
「実は明日急遽、大事な会議が入ってその準備を手伝ってもらいたいんだ」
「はい、わかりました」
「更に申し訳ないんだけどね、僕はもう帰宅しなくてはいけなくて」
「え? えーと……」
「大丈夫、後は彼の指示通り動いてくれれば良いから」
「……彼?」
主任は帰宅すると聞いて少し不安になったが、他に現場のわかる彼とやらがいるなら、と安心した美琴。
そして会議室の扉が開けられると、そこには対面の気まずい存在である蒼太が、既に準備に取り掛かっているところだった。
「!?」
「香上くーん! 助っ人の冴木さんです!」
「っ……主任、俺一人でできますから……」
「でも一人より二人の方が早いでしょ!」
明らかに嫌な顔をして主任と話し始める蒼太に、一瞬ドキッと胸を鳴らした美琴も静かに眉根を寄せ始める。