彼女はアンフレンドリーを演じている
ほぼ放心状態で自分の部署に戻ってきた美琴は、一旦席に着いて気持ちを落ち着かせた。
中途半端に残してきた業務が気になるも、追い出された会議室に戻る勇気はなく。
多分今は、蒼太の顔を見ることも、一緒の空間にいることも、息が詰まってしまうと思った。
ただ、未だに心臓が一定間隔で跳ねていて、おさまりが利かず。
蒼太と初めて交わしたキスの感触と、激しく求められた熱を思い出すと、その心臓に大きな衝撃が加わって全身が痺れてくる。
「……どっち、なの……」
この鼓動の正体が、安全と思われた蒼太に裏切られたショックからくるものなのか。
それとも、美琴の中で好きになりかけた気持ちに拍車がかかり、本物へと変化したことによるものなのか。
慌ただしい胸を押さえながら、苦悩の表情を浮かべていた時、美琴は大きな間違いに気がついた。
過去の社内恋愛で傷ついた事情を知る蒼太を、安全だと勝手に決めつけたのは自分で。
飲み仲間として割り切った付き合いを勝手にしていたのも、自分。
過保護すぎる同期だなぁと、蒼太の気持ちを知ろうともせずに。
むしろ自分の勝手な都合で、これ以上親密にならないために遠ざけようとした結果。
“香上さんの言う通り、今日はデートですから”
あの時ついた何気ない嘘は、きっと蒼太を傷つけたに違いない。
そしてその嘘が、今になって自らをも苦しめることになっている美琴。
社内でも噂になるほどの、冷淡で無愛想な自分にずっと関わってくれた蒼太を。
社内恋愛恐怖症なんて名称をつけて、拗れた自分を見守りずっと傍にいてくれた蒼太を、裏切ったのは――。
「……私だ……」
今更気づいてももう遅く、蒼太の心は今日を以て離れていくだろう。
そして美琴の心に宿った確信的な想いもまた、自然と溶けて無かったことにできたらいいのに。
一度熱を持った頬は、引いていくどころがますます赤く染まり、更に美琴を追い詰めた。