彼女はアンフレンドリーを演じている
すると、背後から聞き覚えのある会話が聞こえて、姿勢を正した美琴が振り向いた。
「あれ、美琴お疲れー」
「遼くん……お疲れさ……っ!」
相変わらず気怠げな遼がひらひらと手を振ってくるも、その隣にいた人物に美琴が言葉を失った。
「……長屋、さん……」
「!?さ、冴木さん……」
一年半前に異動して以来、社内のどの場所でも遭遇することがなかった、元彼であり今は左薬指に指輪が光る男、長屋。
当時、婚約者がいたにも関わらず美琴と関係を持ち、一ヶ月交際していた、あの――。
「そうだ長屋さん、美琴完全に煙草やめたんすよ」
「ちょ、遼くん……」
「あ…………へぇ、そう」
そんな情報教えられても困るはずの長屋は、急に口数が少なくなり、二人の過去の関係を知らない遼は不審に思った。
以前は同じ部署で仕事をした仲間なのに、美琴も長屋もぎこちなく、目を合わせようとしないから。
「長屋さん?」
「…………」
決して小さな声でも、距離が離れているわけでもないのに、遼の呼びかけが届いていない。
すると、別の社員たちの笑い声を察して、長屋の肩がビクッと跳ねた。
「うわ、びっくりした……違った……」
「え?」
「あ、何でもない……」
明らかに動揺していて、周囲を警戒している様子の長屋。
一緒の部署にいた頃は、その仕事ぶりがかっこよくて長屋を好きになった美琴。
しかし久々に遭遇した、最低な元彼であり今は既婚者となった男の姿に、何故好きだったのか疑問に思い始めていた。
そしてこの男のせいで、人と関わることを避け、無愛想を演じ、恋愛を敬遠するようになった自分が、馬鹿馬鹿しく感じて。
心に詰まっていた鉄の塊のようなものが、綿飴くらいに軽くなる。
多分それは、自分があの頃よりも大人になったことと、時が経ったこと。
あとは、もしかすると一番近くにいてくれた蒼太の存在が、無意識的に過去の災難を徐々に忘れさせてくれたのかもしれない。
そんなふうに、美琴は考えた。