彼女はアンフレンドリーを演じている




「お久しぶりです、長屋さん」
「……ああ、ほんと……」
「お元気そうで、何よりです」
「…………」



 勇気を出し、社会人として最低限の挨拶を交わそうと努める美琴。
 しかし肝心の長屋は、未だに何かに怯えるように周囲を見渡し、会話を成立させてくれない。


 遊ばれ捨てられた被害者の自分がこうして話しかけているのに、その態度はなんだ?と眉根を寄せる美琴だったが。
 同じくいつもの長屋ではないことに気がつく遼が、笑いながら間を取り持つ。



「長屋さん急にどうしたんすか? 残業決定したのがそんなにショック?」
「……違うよ、てか藤沢もう少し声小さく……」
「え? 長屋さん、なんて?」



 か細く不安げな小さい声は、隣にいた遼にも届かなくて首を傾げた時。
 ストレスがピークに達した長屋は、美琴がいるにも関わらずつい口走ってしまった。



「冴木さんと遭遇したこと、あいつに知られたら……!」
「……あいつ?」



 その意味深な言葉を復唱した遼が美琴と顔を合わせるが、どうやら美琴にもピンときていないようで。

 ただ、長屋が何か隠していることだけは理解して、いらぬ探究心が疼いた遼。



「長屋さん」
「藤沢悪い、先戻ってる……」



 具合の悪そうな表情を浮かべて、この場を去ろうとした長屋の腕を、遼がしっかりと捕らえた。



「あいつって、誰のことっすか?」
「ちょっ、離せよ…………」
「美琴と会ったら、なんかあるんすか?」
「……っ」



 核心に迫ろうとする遼にタジタジの長屋を、ただ眺めるだけの美琴。

 こういう時、スマートに誤魔化せられないところもダメな男だなぁと思いながらも。

 いつの間にか、何でも上手くこなしてしまう蒼太を基準にしていたことに、今更気が付いた。



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