彼女はアンフレンドリーを演じている




「……手は、出した」
「は?」
「だから、自分のものにしようとした、強引に……」



 羞恥心に支配されながらも、吐き出した事によって心が軽くなると、蕎麦の良い匂いがようやくわかってきた。


 しかし、遼と美琴の関係に焦りを覚えて、惨めになって、距離を置いたはずがやっぱり欲しくて。
 美琴の気持ちを無視する、最悪のやり方を選択した以上は、生理的に嫌われても当然だと思っている蒼太。


 だからもう美琴に話しかけることも、飲みに誘うことも無いと考えると、熱々の蕎麦は伸びていく一方だった。



「ふーん、で? 美琴はなんて?」
「ビンタされた」
「……ぶっは、まじか」



 まあ、遼なら全力で笑うだろうなとは思っていたけど、それは一瞬で消え去って。
 意外にも真面目なトーンで語りかけてくる。



「蒼太、安心しろ」
「なにがだよ、下手な慰めすんな」
「お前にとっては失敗かもしんないけどさ……」



 そう言って水をがぶ飲みする遼は、蒼太の様子を尋ねてきた昨日の美琴の顔を思い出して、確信していた。



「多分あいつ今、お前のことで頭いっぱいだよ」
「……っ」
「そういう意味では、成功なんじゃね?」
「…………」



 それが嫌いな人間としてなのか、ただの同期で社内の人間としてなのかはわからないが。


 過去の隠されていた真実を長屋によって知らされた美琴が、今頭の中を支配しているのは。

 長屋のことでも、美琴自身のことでもない。


 あの時“地獄から救い出してくれた”唯一の存在である、蒼太に違いないから。



「蕎麦早く食えよ、伸びんぞ」
「わ、わかってるよ」



 顔を顰めながらもほんのり頬を赤らめた蒼太は、ようやく天ぷら蕎麦を食べ始める。


 出来上がりから少し時間が経ち、水分を含んだ蕎麦はやはり歯応えが衰えてしまったが。

 遼と食べる天ぷら蕎麦も、年一なら悪くないなと思えるまでに心の曇り空が緩和される蒼太だった。



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