彼女はアンフレンドリーを演じている
事前に予約していた、新幹線の乗車券。
それを券売機で二人分発行した蒼太は、ゆっくりと振り向いた。
視線の先には、改札前の壁際で蒼太のスーツケースを預かる美琴が、遠くを見つめながら自分の戻りを待っている。
一ヶ月前に会議室で無理強いしたキス以降、冷静になると大きな後悔は押し寄せてきたものの、時が経った今も気持ちに整理はつかなくて。
遼と話して自覚したのは、社内で平常心を装っている反動なのか、悪化した美琴との関係を継続したままなのに、欲心はおさまらないということ。
そんな中で、まさかこんな状況を迎えることになるなんて……。
小山のアクシデントから始まり、イレギュラーが立て続けに起こっていることに、表情に出さずともすでに疲れていた蒼太。
それを悟られないように気を引き締め、美琴の下に向かうと乗車券を手渡す。
「はい」
「ありがとうございます」
会社を出ているのに敬語ということは、以前のような友好関係を美琴は望んでいない。
そう捉えた蒼太は、自らこの悪状況に飛び込んできたことにどんな意味が込められているのかと、ますます美琴の行動に疑問を持った。
「(絶対嫌だろ、俺と一緒の出張なんて……)」
改札を通った二人は新幹線に乗り込み、当然、小山との移動を想定していた座席は隣同士。
発車して以降も、触れそうで触れない腕に気を遣い、神経をすり減らしていたのだが、それは何も蒼太だけではなく。
「(……まあ、こんな空気にはなるよね……)」
想定内の状況を冷静に分析して、窓側に座り流れる景色を眺める美琴も同じだった。
何事もなかった頃ならまだしも、強引にされたキスの感触が未だに消えてくれない中、気持ちに整理のつかない中での、当事者との出張。
無理に代理を名乗り出る必要はなかったけど、企画書を作成する上で小山の頑張りは見ていたし、熱意も十分理解している。
だから補佐が蒼太でなくても、小山のため仕事のため同じことをしていた美琴。
せめて今日明日は雑念を振り払って、トラブルなく仕事を全うしようと誓ったわけだが。
無意識を意識することは、かえって冷静な美琴を見失わせることになることを、本人はまだ知らない。