彼女はアンフレンドリーを演じている
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新幹線内で企画書に目を通しながら、時折業務について最低限の会話をしていた二人は。
約三時間の移動時間を要して、目的地に辿り着いた。
そのまま休む間もなく駅近のビル内にある取引先に向かうと、温かく出迎えられて直ぐに打ち合わせを開始。
小山のアイデアと美琴の分析で作成された企画書は、先方にもまあまあ受け入れてもらい手応えも感じられ。
終わった頃にはすっかり日も落ち、ビルを出ると少し肌寒かった。
「先チェックインする? それともこのまま飯行く?」
「もう、お腹空いて死にそう〜……あ」
自分の現在地は今、会社から遠く離れた出張先。
だから美琴と蒼太を知る社内の人間はいないという安心と、小山の代理を務め打ち合わせを無事に終えたことで緊張が緩んだ美琴は。
敬語を忘れてしまったことに気が付いた。
それに気まずいはずの蒼太と、いつの間にか普段通りの会話をしていたことにも驚くと。
そのきっかけを利用して、ずっと難しい顔をしていた蒼太の表情も和らいだ。
「わかる、俺も死にそ」
「っ……」
「あそこに焼き鳥の店あるから行ってみる?」
指差しされた方向を見ると、確かに焼き鳥と書かれた暖簾が見えた。
ホテル最上階のレストランでも、洒落たイタリアンでもないけれど、飲み友としての感覚のせいか二人にはこれがしっくりくる。
「……うん、焼き鳥食べたい」
「じゃあ決まり。美琴ちゃんの好きなたこわさあるかな?」
「たこわさはお酒飲む時だけだし」
「え、今日は飲まないの?」
焼き鳥店の暖簾を潜った蒼太は、残念そうな顔を美琴に向けて訴えた。
出張中だし、この後宿泊用のあれこれ買い物も控えていたので、出来ればアルコール摂取は避けたかったが。
焼き鳥の香ばしい匂いに包まれると、美琴の気持ちは揺らいでいく。
「……乾杯の、ビールだけなら……」
「だよな」
口先を尖らせ、欲に勝てなかった自分への悔しさも滲ませている美琴を見た蒼太は。
再び笑顔を浮かべると、やっと以前の雰囲気に戻れた気がして、心底安堵していた。