轍(わだち)〜その恋はお膳立てありき?
助走
極旨フレンチトーストを食べ終え、昨日飲まされた滋養強壮剤入りっぽい紅茶とは明らかに異なるイングリッシュティを飲み終えると、清乃はプハァ、と息を吐いてお腹をさすった。

「食べた、食べた。昨日のお肉といい、今日の朝食といい、やっぱり一流ホテルのご飯は美味しい」

五ツ星ホテルとして認定されているここは、なんと、滋子の実家が経営する企業の系列だ。

滋子と知り合ったのは2年前。

とある、イベント会場であった。

ヘビィオタクではないが、フリーのイラストレーターとして主にネット上で活動していた清乃は、他者の活動を知り、己の欲を満たすべく、コミケ(コミックマーケットの略)の会場に来ていた。

某国際展示場で開催されるそれは、夏コミと冬コミがあり、世界最大規模だ。

同人誌やコスプレ写真集、企業展示など、見ているだけでも刺激になり、勉強になる場所だ。

清乃には、自ら出店したりサークル活動をしたりといった意欲はないが、一般参加者として、気に入った絵師さんのブースを見つけては、同人誌を購入したり、制作秘話を聞かせてもらったりするのが楽しい。

そんな中、特に清乃が推している絵師さんの二次創作サークルブースで“売り子”をしていたのが、滋子だったのである。

『こんにちは。あなたの推しは誰かしら』

『狼犬(ウルフハイブリッド)さんの作品は箱推しです』

そんな会話から二人の関係は始まった。

狼犬《通称ウルハイ》とは、清乃自身もよくイラストを投稿したり、閲覧したりするイラストコミュニケーションサービスで人気の、神絵師だ。

2年前の当時、狼犬《ウルハイ》はアマチュアで活動しており、動画サイトへのイラスト作成過程の配信などでも話題になり始めた頃。

繊細なタッチで、その人の抽象画のような美しい色使いに清乃は魅了されていた。

『狼犬《ウルハイ》のファンなのね。あなたも絵を描くの?』

『ええ、キヨノンというペンネームで活動させていただいています』

『キヨノン!狼犬《ウルハイ》の二次創作最近チェックしていたの。まさかここで本人に会えるなんて』

そんな会話から、当時フリーだった清乃が滋子の会社にスカウトされ、動画や戦国ゲーム作成に携わることになり、今に至る。

なお、二次創作は違法か?という問いがあると思うが、厳密に言えば違法になるが、本人が許可していれば合法、黙認しているケースも多い。

ちなみに、清乃はイラストコミュニケーションサービスの交流ツールを使って、狼犬《ウルハイ》から二次創作の許可は取っている。

しかし、狼犬《ウルハイ》には謎が多く、本人とはお会いできていない現状があるのだが、制作者が表に出てこないことは多々あるので、清乃は気にしていない。

高級ホテルの豪華な一室を眺めながら、清乃は、そんな滋子との出会いを思い出していた。

まさか、初めてのコミケ参加が就職に繋がり、挙句の果てには、お嬢様のわがままなお願いに付き合う羽目になり、しまいには、俺様テンプレイケメンと一夜を共にする結果となるとは、当時の清乃は思いもしていなかった。

滋子は我儘だが、決して意地悪ではない。

今回も、滋子自身が押し付けられたお見合いを、どうしようもなくなって清乃に押し付けたか何かに違いない。

おそらく、タカシと事前に結託して、体裁だけを繕う約束でもしていたのだろうと清乃は結論付けた。

「さて、朝ごはんも食べたし、いつまでもここに居候するわけには行かないから帰るとしますか」

清乃は、せっかくだからと、スイートルームに設置されているお風呂を頂いていくことにして、

“こちらをお使いくださいませ。タカシ様より”

という、メモの置かれた服に着替えてホテルを後にした。

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