轍(わだち)〜その恋はお膳立てありき?
はずだった。

「あれは、社長が『清乃に会ったら言ってみろ』言語集から引用してみたまでだ。本心ではない」

シュン、と落ち込む清乃の頭を撫でると、千絋は何でもないように言ったが聞き捨てならない。

「からかわれていたでござるか?もしや、あの冒頭の言葉も?」

「ああ」

出会い頭から漂うテンプレ臭に、清乃は千紘のバックに滋子の存在をヒシヒシと感じていたのだが、やはりそうだったのか、と納得した。

どこの現代人が、初見の女性(実際は顔見知りだったが)に「君を愛することはない」とか「馴れ合うつもりはない」とか言うのだろう?

レアな人に出会ったもんだ、と、あの時は感心すらしたものが、今となっては、神絵師である狼犬《ウルハイ》こと千紘に心の距離を置かれなくて良かった、と清乃は本心から思っていた。

「ということは、滋子、今回のことも、また何かのネタに使おうと思ってるの?」

「まさか、純粋に傍観して楽しんでるのよ」

滋子は社長と言う立場にあるが、実は今回の戦国系乙女ゲームのシナリオライターでもある。

乙女ゲームにしろ、他のゲームにしろ、シナリオを書く人が存在する。

ゲーム業界には新参者である滋子の企業は今のところツテも少なく、自己運用している部分が大きい。

絵師、イラストレーター、アニメーターも然り。

というよりむしろ、『自社作品は自らの手で!』という、滋子のこだわりとも言えるのだが、ただの強がりかもしれない。

元々滋子は、ネットで小説を投稿する作家でもあった。 

だから、いつもの高めのアンテナを張り巡らせ、『ネタは落ちとらんか〜、悪い子はいねぇか〜』と、ナマハゲのように周囲を探っているのだ。

「まあ、使えそうなところは拾わせてもらうけどさ、純粋にあんた達は見ていて飽きないからいいのよ」

「そっか、頑張れ」

「お前もな」

モグモグ、ムシャムシャとBLTサンドを食べながら話す二人には緊張感がまるでない。

唯一、書類を整理しながら目から殺人ビームを出しているという春日の場違いさに、千紘は思わず笑ってしまっていた。

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